「ななしちゃん?」
「うわ」
「今うわって言っタ?」
「いっへまひぇん……」
「うン。デ、こんなとこで何やってるノ?」

七種氏との打ち合わせをしに学校からESに向かう途中、時計台の下に見知った姿を見つけた。寒いのかぐるぐる巻きのマフラーに顔を埋めて、スマホを見ているななしちゃん。
今日は比較的暖かな日差しで痛いほどの寒さはないけれど、ななしちゃんは寒がりだからつらいのかもしれない。
そういえば、「タイツは120デニール一択!」って言ってたっけ。
寮に入ってからはなかなか会うこともなくなっていたから、嬉しくなって自然と足取りが軽くなる。ポケットにカイロが入っているのを確認して声をかけると、あんまり驚いた顔でボクを見て悲鳴をあげるものだからむっとした。仕返しに柔らかなほっぺたをむにむにと引っ張ってやると不細工な顔でほにゃほにゃと謝る。
来たばかりなのか、ななしちゃんのほっぺたはまだ冷えていない。ボクの手のほうが冷たいくらいだ。

「冷たかったぁ…」
「ごめんネ。はい、これカイロ」
「わーい!ちょっと寒かったんだあ。でも夏目くんはいいの?」
「うン。ESすぐそこだしネ。建物の中は温かいから」
「たしかに」
「それにしてもななしちゃんがこっちのほうに来るの珍しいネ」
「う、うん。まあ…」

頬をさすりながら歯切れ悪く濁すななしちゃんに首を傾げた。見た感じななしちゃんひとりだけど、松本さんと待ち合わせでもしているのだろうか。
学校が一緒なのにわざわざ?
ふと、こちらに駆けてくる気配がして、邪魔になるといけないからななしちゃんを端に寄せた。振り向くとキャップにメガネをかけて、軽い変装をしたジュンくんが息を切らせていた。
体力おばけみたいな彼がこんな風になるなんて珍しい。

「っと、逆先さん?こんにちは」
「こんにちハ、ジュンくん。そんなに息切れしてるなんて珍しいネ」
「あ〜、ちょっと急いでたもんで……。茨ならもう事務所いますよお」
「『もう』っていうカ、七種氏はいつでもいるでショ」

ため息をつきながら言うと、ジュンくんは苦笑した。

「まあそうなんすけど…て、あ、ななしもういたんすね」

ななし?
ボクの背中から顔を覗かせたななしちゃんに溶けるような笑顔で話しかけるジュンくんは、ずいぶん馴れ馴れしい態度でぎょっとした。
ななしちゃんはそれに特に驚いた様子もなく受け答えている。
ていうか、ジュンくん、今の表情なに…?!

「うん、お疲れさま」
「もしかして待った?」
「待ってないよ。さっき来たところ。ちょうど夏目くんと会えたし」
「ならいいけど。悪いけど今日そんな時間とれなくて…1時間くらいで戻ってこいって茨に言われてるんすよね」
「え!じゃあ早く行こ!並ぶ時間なくなっちゃう!」
「まっ、待っテ!何?!どういう関係?!」
「どういうって…友達っすよお」
「なんでまっていつの間ニ…?!」
「俺ら小学校が一緒だったんで。途中で俺が引っ越すまでですけど」
「この間偶然、偶然…?」
「運命です」
「偶然会って」
「俺は偶然じゃないと思いますけどねえ」
「ジュンくんて意外とロマンチックだね」
「意外とは余計っすよお?」

気のおけないやりとりに気が気じゃないボクとは反対に、ふたりはのんびり思い出話に花を咲かせている。
正直、思わぬところからの伏兵にかなり焦っている。もしかして前にESにななしちゃんが来てたのってそれ?近くにいるだけかと思ってたらとんだ虫が付いてきたものだ。
ジュンくんのななしちゃんを見つめる目尻がほんのり下がって優しくなってる。その状況に心当たりがあった。自分だ。これは端から見た自分だ。ボクもななしちゃんを見るとき、つい表情が緩んでしまうから分かる。
この男、ぜっっっったいにななしちゃんが好きだ。
やっぱり位置情報のログを追うだけだと限界がある。
ほんとは盗聴はななしちゃんのプライベートもあるしあんまり使いたくないんだけど…こうなったら手段は選んでられないっ…!
絶対邪魔してやる。
ボクが心の中で考えていることなど微塵も気づかないななしちゃんは時計台を見上げて慌ててジュンくんの服の裾を引っ張った。

「あっ、時間!ジュンくんいそご!パフェ!」
「っすね。じゃあ逆先さん、俺たちこれで」
「エ、ななしちゃんまだ話は終わってないんだけド…!」
「ごめんねー!帰ってから聞くからー!限定パフェ食べれなくなっちゃう!」
「そうそう、カップル限定のパフェね」
「カップル?!あーもウ!ボクも行く、」
「逆先さんは早くES行ったほうがいいっすよお?打ち合わせあるんですよね?」
「ぐ、」
「茨に攻撃するタネ与えるだけっすよお」

にやにやとボクを見るジュンくんははっきり牽制にかかっている。
いつもならボクがその立ち位置なんだけど!
ななしちゃん、もしかしなくても限定パフェに釣られたね?!
ほんとそういうとこちょろいっていうか…。ジュンくんのほうがどういうつもりだか知らないけど、いや分かるけど、ななしちゃんは絶対なにも考えてない。
だから勝ったような顔で「すみませんねえ!」って言うのやめてくれる?!



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