今日は待ちに待った、デビュー当時から大好きなSwitchの接触イベントだ。
すぐ渡せるように整理券を用意して最後尾に並んだ。仕事終わりに来たから列はずいぶん短くなっていたけど、おかわりの人たちなのか、まだ途切れなさそうだ。
並んでいる間に身だしなみをチェックして、少し前髪が崩れていたから直した。
よし、かわいい、はず。
この日のために美容院も行ったしネイルも綺麗にしたし、ダイエットもした。
全ては夏目くんのため。
「逆先夏目のファンってきもいよなw」なんて言わせないためにも、みずぼらしい姿などできない。全力で自分を磨くのみ…!
まあ夏目くんはリアコに好かれやすいから地雷女が多いのは事実なんだけども…。
夏目くんすぐリアコ煽るので…。
現にわたしの前はミニスカワンピにツインテ、マイメロちゃんのリュックと明らかに地雷系の子だった。彼女がブースに入る時めちゃ睨まれたので同担拒否なんだろうなあ…。いいじゃん同坦…好きなものを語りつくそうよ…。

「どうぞー」

何を話そうか考えていると係りの人に呼ばれたのでブースの中へ入る。
うっわ、相変わらず顔がいい。

「夏目くんこんばんは、」
「やあななしちゃん、待ってたヨ」
「えっまっ、名前?!嘘でしょ?!」

なんのごほうび?
何年も何度も通ったのが功を奏したってかーー?!
いつものように名乗ろうとしたら、初っぱなからド級のファンサをもらってしまった。
威力が強いよ〜溶けちゃうよ〜〜〜!!!
パニくるわたしを見つめ、夏目くんはさらに追い討ちをかける。

「もちろん君のことならなんでも覚えてるヨ」
「うっ、うえ、神…?手厚いファンサ〜!夏目くん、すき……」
「ありがとウ、ボクも好きだヨ」
「すっ、ひいい、こちらこそいつもありがとう…!はーー、好き〜〜〜付き合って…」
「いいヨ、付き合おうカ?」
「ヒッ、つきあう〜〜〜!」

キモオタと思われないように自分磨きはしている。これからもする。が、悲しいかな、どこまでいってもキモオタなのである。
あまりの供給に毎度のことながら悲鳴が止まらない。
ごめん夏目くん。

「じゃあななしちゃんはこれからボクの彼女だネ」

手を優しくさすりながらそんなこと言うとか、わたしどんな徳積んできたの?
もしかして死ぬ?
わが人生に悔いなし、ってんなわけあるかい!まだまだ夏目くんを全力推しせねばならんのよ…!

「ひいいいありがとうございますありがとうございます」
「じゃあまたあとでネ♪」
「あっ、今日は一枚しか、」
「時間でーす」
「またネ…☆」
「また今度来るからーっ!」

剥がしの人の迷惑にならないよう、そして夏目くんに厄介オタと思われないよう、さっとブースを出る。名残惜しい気持ちはあるけれど、次の人も夏目くんに早く会いたいだろうし。手紙をプレボに突っ込んで会場を出た。
未だばくばくと暴れまわる心臓を落ち着かせるため近くのコーヒーショップに入る。店内を見回しても席は空いておらず、テラス席に日傘をおいてレジへ向った。

「お待たせしました」
「イートインで」
「席はございますか?」
「ありまーす」
「ご注文お伺いします」
「抹茶リスタと…あ、ダークチェリーテリーヌもください」
「かしこまりました」

ハイのまま最近お気に入りの抹茶リスタを頼んだ。ショーケースの中を覗くとダークチェリーテリーヌがわたしを誘惑してきたので、追加で注文する。
カロリーは…知らん!今日は許す!
夜ご飯の代わりにしよう。
席に戻ってリスタを口に含むと、甘さと幸福感が一気に押し寄せた。

「は〜〜〜今日も推しが手厚い…」

思い返してもにやにやしてしまう。
のんびり食事をしてツイッターを開くと、握手会に来てた他の子たちも溶けていた。分かる〜、夏目くんはほんともう…!
ツイートを遡ると、どうやらフォロワーさんも何人か来ていたらしい。
ツイートを見るに、だいぶ早い時間に来てたんだなあ。いいねを押してわたしも呟く。

『今日も夏目くんは神対応でした!一生愛す〜〜〜〜〜!すこ!』

テンションのままに呟くと、即いいねとリプライがついた。

『knightsもファンサ神だから!今度いこ??ね?』
『分かる〜、夏目くん罪深い。。。』
『もっと早く来てくれたら会えたのにー!』

knightsもお姫様にしてくれるって話だけど、そっちも開拓してみようかなあ。リーダーの子可愛いよねえ。…ハッ!違うの!浮気じゃないの!
口にしているわけでもないのに誰にいいわけしているのか、自分でも笑えてくる。

「knightsかあ」

まあなんだかんだ言ってSwitchが神なのよ…。伊達に7年も追っかけてないっていうか。
のんびりしすぎたせいでどろどろに溶けたリスタを啜ると、二人がけのこの席の対面に誰かが座った。
席を間違えたのかとスマホから顔をあげると、キャップとマスクをした人がわたしを見て、

「なっ?!!」
「お待たセ」
「な?!なん、え?!」
「迎えにきたヨ、子猫ちゃん」
「……………」

あ、だめ、頭回んない。
突然のできごとに処理落ちしたわたしは、目を見開いたまま固まってしまった。
その人ーー夏目くんは、頬杖をついてこちらを眺めている。マスクで口許は隠れてしまっているけれど、目が三日月のように細められて笑っていることが分かる。
どれだけそうしていたのかは分からない。どうにかこうにか復旧したわたしは小声で問いかけた。

「な、なつ、め、くん……?」
「そうだヨ」
「……???????」
「混乱してル?」
「してないように見えますか…?」
「見えないけド」
「え、え、なんでここに」
「だから迎えにきたんだヨ」

はい、意味が分からない。迎え?

「君、ボクの彼女になったんでショ」
「え?」
「さっき付き合うって言ったよネ?」
「いっ、………たけどお…!」

それはオタクがすぐ言うやつで!
ていうか推しに付き合うって言われて本気にするやついる?!どんなお花畑?!ファンサだと思うじゃん!

「言質はとったかラ」
「ひ〜〜重たい男ー!腹黒い、解釈一致、ありがとうございます…!」
「じゃあ行こっカ?」
「……そうだった〜〜」

あまりに解釈一致すぎて喜んじゃったけど何一つ理解してないのには変わりない。
なに?びっくり?どっきり?
キョロキョロ目線だけで回りを探ってみるものの、素人目ではカメラがあるかどうかは判断がつかなかった。
わたしの考えが伝わったのか、笑みを深めた夏目くんは「どっきりじゃないヨ?」と退路を塞いできた。

「何年も待ったんだかラ、そろそろいいでショ?」

認知されてるかなーとは思ってた。前に話したことを覚えててくれたり、プレゼントしたものを使ってくれたりしてたし。名前をはっきり呼ばれたのは今日がはじめてだったけど、もしかしてずっと知ってた…?
神対応だと思っていたファンサも、実はみんなの思ってる夏目くんのファンサと違ってた…?スペオキだったりした?なーんちゃって。
いや!ばか!ばかやろう!!!何を調子に乗ったことを考えて…?!
夏目くんはアイドル!わたしはただのキモオタ!分を弁えろ…!

「ななしちゃんが思ってる通りだヨ。……君はボクの特別だ。ボクのものになってくれるよね?」
「は、はひ……」


(続かない)



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