（ヒロインいません）
「あ、逆先夏目じゃん。うわすご、やば、ほんと顔いいな〜。フォトショかよ。夢ノ咲はんぱないな〜」
「ハ？ナニ？誰？」
駅で電車を待っていると、見知らぬ男子高校生に声をかけられた。ファンと言うには軽く、知人というにも会ったことがあるわけでもない。もしかしたらあるのかもしれないけど、少なくともボクの記憶にはない。
へらへらとフルネーム呼び捨てで態度も馴れ馴れしくて、めちゃくちゃ不愉快なんだけど。
は？ほんとになにこいつ？
でもこの制服…？
見たことのあるそれに小骨がひっかかるような嫌な感覚がした。
「あーごめんごめん、俺ななしやまと同じクラスでさあ」
思わず顔をしかめると、彼は悪びれもなくななしちゃんの名前を出してへらりと笑った。
ああ、そう。
それでようやくこの男が誰か分かった。どうりでいけすかないわけだ。
冗談めかしてはななしちゃんに言い寄って毎回スルーされているクラスメイト、『斎藤くん』。
ななしちゃんを好きなやつを好きになれるわけがない。
ななしちゃんは毎日、今日はなにがあったこんなことをしたと教えてくれる。松本さん、ななしちゃん風に言うとよっちゃんとは今年も同じクラスだと喜んでいたし、隣の席の男の子の話ももちろん聞かせてくれている。
そうじゃなくても君のことは知ってるよ。初めて顔を見るけど。
「あア、君が斎藤くん。ななしちゃんから話は聞いてるヨ。松本さんのことが好きだとカ？」
「いやそれあいつの勘違いだから」
「ハ？『あいつ』？」
「なに、そこつっかかんの？！めんどくさっ」
「ななしちゃんと随分仲良さそうに言うんだネ」
「まあ悪くはないんじゃない？」
松本さんにいくらボクの名前を出されても懲りないあたり、ネタなのかしつこいのか本気なのか。
少なくともこうして対面して煽ってくるあたり、メンタルはわりと強いらしい。
「そうなんダ。うちのななしちゃんがいつもごめんネ。ボクがいないから大変でショ？」
「べつに？逆先夏目いなくても楽しくやってるから気にしなくていいよ。ななしやまも赤ちゃんじゃないんだし」
「ねエ、その呼び方やめてくれなイ？普通に不愉快なんだけド」
「いやそこ？逆先夏目、なんか調子狂うなあ…聞いてたのと違うじゃん」
「何聞いてたわケ…？」
「ななしやまに近づく男は全員抹殺する彼氏面全方位カッター。あとななしやまに関わると呪われるって」
「誰が言ったのかは分かっタ」
山田！おい山田！！！
合ってるけど口には気を付けろ！
ななしちゃんが原因で不幸な目にあうと思われるのは心外だ。あくまでななしちゃんに好意を持った愚かさが原因なのであって、ななしちゃんは悪くない。あとボクも悪くない。ボクは現実を見せてやってるだけなので。
それはそれとして山田くんはあとで忘れ物が多くなるように呪っておこう。
先生に怒られて松本さんに呆れられろ。
「………デ、なんでボクに話しかけてきたわケ」
「そりゃ気になってる女子のモンペいたらどんなやつかと思うじゃん」
「親じゃなイ！ていうかななしちゃんはボクのだから今すぐ諦めロ」
「お、おう。俺も大概意識されてないけどさあ、逆先夏目はやばいよ、あれはなんかもう……、そういう次元じゃない。こんなはっきりアピールされてて気づかないとか大丈夫か？アホかと思ってたけどほんとにアホじゃんななしやま」
ななしちゃんの言動を思い浮かべたらしい斎藤くんは同情しきった顔で頷いた。
ななしちゃんがアホなのは知ってるけど、他人に言われるとむかつくな。
「だからフルネームやめテ。君が意識されてないのは聞いてれば分かるかラ。ボクはいいんだヨ、いま外堀埋めてるところなノ！あとはななしちゃんだけなノ！ななしちゃんをアホって言っていいのはボクだけだからやめテ！」
「それはそれでやべーじゃん…」
「やばくなイ。計画的なノ」
「は〜、まあこんな顔のいい自分大好きなやつが近くにいたら見向きもされないわけだわ」
「ねえきみ喧嘩売りに来たわケ？」
「そんな身の程知らずじゃねえっつの」
斎藤くんはがしがし頭をかくと、気まずそうに口を尖らせた。
「俺は逆先夏目ほどななしやまのこと好きじゃないし、無理なら諦めるくらいはするし」
「そんな覚悟でななしちゃんを好きとか言うナ！あの笑顔を見ロ！」
「ライバル増やしたいの？減らしたいの？」
「ななしちゃんをいかがわしい目で見られるのは腹立つけど好きになるのは当然だし好きならそれ相応の覚悟で呪われて不幸になってほしイ」
「めっちゃ怖いこと言うじゃん…」
「ななしちゃんに好きになってもらうにはそのくらいの覚悟がないと無理」
「ハードル高すぎじゃね？」
「まず気づいてもらうまで１０年はかかると思ったほうがいイ」
「ななしやまバカなの？逆先夏目が憐れなの？」
「その口を縫ってあげようカ？」
「サイコパスか？いやいいんだよそういうのは！俺は！もういいの！お前みたいなやばいのついてるなら例え付き合えても長続きしねえよ！」
「付き合えることを前提にするナ」
やっぱりさっさと諦めろ。