ああ、オレあの子のこと好きだったんだな。

親の都合で急に転校してしばらくして気がついた。
初恋と呼ぶには、気づくのが遅かった。失ってから気づくと言うのはよく言ったもので、会えなくなって初めてななしがいない寂しさに名前がついたのだ。
間抜けすぎて笑えもしない。
隣の席になって仲良くなった、ちょっとのんびりした女の子。なんだが趣味があって、喋ると楽しかった。他の女子みたいに猫なで声で話さないし、くねくね動いたりしない。向こうもオレに気を遣わなかったし、オレも気が楽でよかった。
オレがチョコが欲しいなんて言ってしまったばっかりに嫌な思いをさせてしまったけど。

「はい、約束してたやつ」

はにかんだななしが水色の紙袋をくれたとき、心臓が飛び出るかと思った。
それを知られるのはダサく思えて、なんでもない振りをした。

「え、まじで?ほんとにもらえると思ってなかった」

ななしはあんな冗談みたいな会話、覚えてないと思ってた。
わざわざななしに、チョコがもらえないかも〜なんて言ったの、あとから思えばもう好きだったんだよなあ。すげえ恥ずかしいやつじゃないすか、これ?
だから、めちゃくちゃ嬉しかった。しかも手作り。
ゼロ個じゃなくなったね、なんていたずらっぽく笑うとえくぼができて、かわいかった。
それも他の女子の刺のある言葉で台無しにされたけど。
あのときのななしの傷ついた顔はずっと忘れられないだろう。
ホワイトデーを前に引っ越したオレは、何回か手紙をくれたにも関わらず、一度も返事ができなかった。
本当はオレからごめんって手紙を出すべきだったのに、本当はどう思われてるんだろうって不安になって、時間が経つほどに出せないままの手紙が引き出しに溜まった。
一言、なにか一言でいいから、言えばよかったのに。

そうやっていつまでも引きずっていたものだから、最初に遠目で見た時は幻覚でも見たのかと思った。
何年も会ってないのにすぐにななしだって気づいて、そうしたら体と頭がうまく同期しないまま走り出していた。茨に呼び止められる声も聞こえないほど、ななしの背中に吸い寄せられた。
普段トレーニングをしっかりしているおかげでフルスピードで走っても息は上がらなかったけど、手加減できずに思いきり腕を引っ張ってしまった。女の子がその勢いに耐えられるわけもなく、オレの胸に飛び込んできた。ヘアケア用品のシャボンみたいな匂いが届くほどの距離。

「ななし、オレ…!」
「ちっ、近い!近い近い!近いです!」

やっと会えた。あの時はごめん。ほんとは手紙を出したかった。電話もしたかった。もう一度、会いに来たかった。言い訳だけが胸の中で洪水のように溢れる。
訳も分からないと言う表情を見る限り、オレが誰だか分からないのだろう。
ああ、なんだ。覚えてたのはオレだけか。
胃が重くなるような喪失感に言葉を飲み込んだ。
それもそうか。だってオレ、ななしからの手紙も全部無視したと同じなんだから。連絡も来なくなった相手のこと、いつまでも覚えてるわけないでしょうよ。
見かねた茨がESの空き部屋に連れ込んで、逆先さんのことを聞いている間も気が気じゃなかった。なんでそんなに仲がよさげなのかとかどういう関係なのかとか、好き、なのかとか。問いただしてしまいたかった。
そうしなかったのは、ななしのためじゃない。ただ怖かったからだ。
茨に追い詰められるようにしてほとんど尋問みたいなことをされている間も、表情がくるくる変わるとことかやっぱり可愛いな、好きだ、と再認識するだけだった。
えくぼ、まだあんのかな。

「ほんとに分かりません?」

だから思い出してほしい。
オレのことを、あの日、オレがどれだけ嬉しかったかを、思い出してほしい。嫌な気持ちで終わったけど、あの瞬間、確かに楽しかったと言うことを。
ななしチョコ、くれたじゃん。
義理チョコで友チョコだったけど、くれたじゃん。

「じゅ、ジュンくん?」
「やっと思い出した?久しぶりっすねえ」
「えっ、え?!」
「や、覚えてんのオレだけかと」

ほんとにそう思った。オレだけなんだって。
よかった、覚えてて。

「覚えてるっ、覚えてるけど!まさかこんな風に成長してるとは思わなくて…!だってジュンくんもっとこう、線の細いさわやかな感じだったから!」
「はは、男がずっとそんなんなわけないっしょ」
「だって夏目くんは昔と全然変わんなかったから…。びっくりした」

睨みを利かせる茨をちらちら気にしながら、上から下まで何度も視線を往復させて感心するななしに笑ってしまう。
ほんと、そういうとこが可愛いんですよねえ。

「逆先さんとの関係も気になりますけど…ま、再会できたんで気長にいきます。連絡先もらえます?」
「いいけど……いや、いいのかな…?分かんないけどジュンくんもアイドルなんだよね?たぶん?」

ジーンズのポケットからスマホを取り出すと、ななしは茨を見た。

「もちろん歴としたアイドルであります!我々Edenをご存知ないようですのでこれからも努力が必要ですね!」
「え、あ、ハイ、すいません」
「友達と連絡とるくらい、別にいいでしょうよ」
「いやでもなんか駄目そうっていうか…すごい見られてるし…ね?」
「大丈夫だって」
「ほんとに?!ねえちゃんと確認して?!すっごい見てるから!笑顔だけど笑ってないやつだから!」
「話が早くて助かります!できればご遠慮願いたく…☆」
「オレも譲らないっすよお」
「えーんどっちも譲り合う心がない…!」

オレの連絡先を渡してもいいけど、それだときっと連絡してこないだろうし、絶対に今、ななしとの繋がりを持っておきたい。
結局ななしが折れて、買い物中だった二人は解放された。へろへろの足取りのななしが下を歩いていくのを窓から眺めていると、わざとらしい深いため息が聞こえた。

「幸せが逃げますよお」
「誰のせいだと思ってるんです?ジュン?」
「オレっすかねえ?」
「分かってるなら自重しろ!友達ってお前、お前はそんなこと微塵も思ってないだろうが…!」
「あ、分かります?」
「あれで分からないのは彼女だけだ!あんな分かりやすい。連れには完全にバレたでしょうね。まったく、逆先氏は一体どういう教育をしてるんだか!ご立派なことで」
「逆先さん…ね」
「前に調べた時に溺愛してる幼馴染みがいるとあったからそれでしょうね」
「へえ、幼なじみねえ」

厄介なのがついてんな〜。
ま、なんだろうと関係ないけど。




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