(ヒロインいません)


授業が終わり、クラスメイトたちは挨拶をして次々と教室を出ていく。これからレッスンや校内アルバイトへ向かうのだろう。
わたしはと予定を確認すると、レッスンまで時間が少しあった。
ちょっとバタバタしてて最近メモや整理されていない予定が増えてしまった。抜けがあってもまずいし、今のうちに少し整理してしまったほうがいいかもしれない。
誰もいなくなった教室で手帳とスマホを並べてスケジュール調整をしていると、いつのまにか戻ってきたらしい夏目くんが言いにくそうに声をかけてきた。

「あんずちゃん、ちょっとお願いがあるんだけド」
「お願い…?」
「自分ではもういい案が浮かばなくテ…」

もじもじと視線をさ迷わせ、耳を赤くしている。
いつも掴めない夏目くんにしては珍しいこともあるものだ。
反応に困って首をかしげると、きょろきょろと周りを見回して小声で「ななしちゃんの、ことなんダ」と言った。
さすがの夏目くんも、クラスメイトの前でななしちゃんの話をするのは気が引けるらしい。夏目くんも年頃の男の子なんだなあ…。と、こんなことを思うのは失礼だろうか?
わたしも教室に誰もいないことをさっと確認して、手帳を閉じた。
夏目くんも一応アイドルとしての意識もあるみたいで安心した。
そうだよね?恥ずかしいからだけじゃないよね?信じるからね?

「えっと…ななしちゃん?」
「うン。あんずちゃんはこの間会ったよね?」
「校門にいた子、だよね」

夏目くんが一方的に愛してやまない、女の子。GPS勝手に仕込んでるっていう…。
盗聴器つけたいみたいなこと言ってたけどさすがに冗談だよね?
さすがにそれは口にはできず飲み込んだ。

「そウ。あのボクがいないとだめな慌てん坊の困った子。そういうところが可愛いんだけド、心配になるよネ。ななしちゃんは可愛いし優しいから…」
「あ、はい。そのななしちゃん…が……?」
「えっト……」

夏目くんは言い出しにくそうに視線をさ迷わせた。
少し変わったボックススカートの制服を着た夏目くんの幼馴染みを思い浮かべる。
慌てていたけど受け答えはきっちりしていたしけっこうしっかりした子なのかな、という印象だったけれど、夏目くんからすればドジで目の離せない手のかかる子、らしい。
そうであってほしいという願望が見え隠れしているのは気のせいじゃないんだろう。むしろそうなるように仕向けてすらいる気がする。
歪んでるなあ…。
そもそも一度顔を合わせた程度のわたしに相談するような内容なのだろうか。つむぎ先輩とか夏目くんとは昔からの知り合いだっていう話だし、ななしちゃんとも面識があってもおかしくない。
五奇人の面々も夏目くんのことをいたく可愛がっているし、嬉々として相談に乗りそうなものだけど。
こういう話は同性同士でした方が盛り上がりそうだし…。
他に適任がいるような気がするんだけどなあ…?
わたしの困惑が伝わったのか、スケジュールが詰まっているのか、いつまでも切り出さないわけにいかないと気づいた夏目くんは横の席の椅子をひいて向かい合った。夏目くんが顔を真っ赤にしてやけくそ!と言わんばかりに一息で捲し立てた。

「そ、そのななしちゃんの誕生日がもうすぐなんだけど去年はパスケースその前は金細工の栞そのさらに前はぬいぐるみでもうななしちゃんの好きそうなプレゼントはあげ尽くした感じだし家族みたいなものとか言って全然ボクのこと意識してなくてムカつくし何をあげたらいいのか分からないっていうかそもそも何をあげたら意識してもらえるのか知りたいっていうか女の子の好きなものを教えてほしいっていうカ…!」
「う、うん?!」
「ななしちゃんは可愛いからこうやってボクが側にいられない間もきっと不相応にもななしちゃんに好意を寄せてる委員会の先輩とかクラスの男子とかに馴れ馴れしくされてるだろうしいやそんなことにも気づいてないんだけどでも彼氏ほしいとか軽率に言うしそれならボクでよくない?!って思うんだけどななしちゃんは」
「待って!待って?!一回整理させて!」
「ア、う、うン」

あまりの熱量にパンクしかけた脳みそをフル回転させて、要約していく。
随分と特定の人物を指しているような気がしたのは気のせいではないのだろう。
え、もしかして本当に盗聴して…?
本人から聞いた情報から推測してるだけ…?
怖くて聞けない…!
えいやっと恐ろしい疑問は脳の片隅へと投げやり、どうにか笑顔を作った。

「えっと、ななしちゃんへのプレゼントに困ってるってことでいい…?」
「だいぶ省略されたけどまあそんな感ジ」
「ななしちゃんへの愛についてはちょっとわたしには荷が重いというか…?他の人にお願い。つむぎ先輩とか」

頼みましたつむぎ先輩。わたしには対処不可能です。
夏目くんは相当切羽詰まっているようだし、相談に乗るのは構わないし、手伝ってあげたいと思う。でも、ひとつ大事なことが抜けているんじゃないかな。

「あのね、夏目くん」
「なあニ」
「それはわたしに相談するのはちょっとどうかと思うよ」
「でもセンパイはそういうの頼りないシ、バルくんたちには死んでも相談したくないシ、にいさんたちは面白がるシ、」
「でもだめだよ」

ななしちゃんは夏目くんの好きな女の子でしょう?
好きな相手へのプレゼントを、別の女の子に相談するのはちょっと、いやだいぶ、まずいと思う。
普通の友達ならなんの問題もないと思うけど、恋してる相手にそれは悪手もいいところだ。聞いている限り、100%夏目くんの超絶一方的な重すぎる片思いみたいだけど…。
なおさらだめだと思うなあ…。
別の女の子と選んだものをプレゼントしてくる相手が自分を好きだと思うかなあ?
少なくともわたしなら嫌だし脈なしだと思うと思う。

「夏目くんはななしちゃんのことが好きなんだよね」
「誰より好きだヨ」
「でもななしちゃんは夏目くんのこと恋愛対象外なんだよね?そういう風に見てない幼馴染みが、誕生日に別の女の子と選んだものをくれたとして、もしかして自分のことを好きかもって思うかな……?」

夏目くんはハッと目を見開くと「恋愛マスター…?」と呟いた。
なにその称号…?
恥ずかしいから絶対やめてほしい。

「さすがだヨ…、あんずちゃん。敏腕プロデューサーは恋愛についても一流なんだネ」
「待って、誤解がすごい」
「ななしちゃんを喜ばせることばっかり考えてたけど君の言う通りダ」
「お願い話を聞いて」
「これが百戦錬磨のあんずちゃんの力なんだネ」
「そんなんじゃないから…!」
「謙遜しなくてもいいんだヨ」

うんうんと強く頷く夏目くんは全く話を聞いていない。
いつもの冷静な食えない夏目くんはどこに行ってしまったの…?
つむぎ先輩や宙くんならこの暴走を止められるのだろうか。考えて、「ししょ〜は幸せな色です!」とにこにこ楽しそうな宙くんと「元気ですねえ」とのんびり笑うつむぎ先輩が思い浮かんで、まあそうだろうなと一人納得する。期待しないが吉。

「あんずちゃん、ボクやるからネ!」
「よく分からないけど頑張って…?」
「じゃあボクちょっと下見に行ってくル。ななしちゃん学校出たみたいだから急げば駅で会えるかモ」
「連絡来たの?」
「来たヨ、見守りアプリの通知ガ」
「見守りアプリの通知」
「ななしちゃんはすぐ鍵を忘れるし定期落とすシ、」
「ななしちゃんは知って…?」
「ないヨ」
「ないんだ……」

とりあえずななしちゃんに、というか、世間様にバレないようにお願いね…?


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