自覚はあった。思い返せば心当たりも死ぬほどある。
ただ、認めたくなかった。
可愛い女優さんが笑うのを見ながら、冷や汗が伝っていく気持ち悪さに息を吐いた。
夏目くんの視線に気づかないふりをして、テレビのチャンネルを変える。不幸かな、変えた先でもなぜか取り扱う内容は似たようなもので、もう逃げられないとリモコンを置いた。
そうだ。昨日買ったアイス。

「あ、そうだ昨日帰りに」
「ねエ」
「…な、なに?」
「…………うン、やっぱりそうだよネ」
「何が…?」
「自分で分かってるんじゃないノ?」

じっと見つめる夏目くんの瞳を、きれいだなーなんて思うのは現実逃避に他ならない。
夏目くんに言われてしまったら、さすがのわたしももう見ないふりはできないから言わないでほしいな。
わたしのささやかな願いは聞き入れてもらうことはできず、無情にも夏目くんは口を開いた。

「ななしちゃん、太ったでショ」
「ぎゃーーーーーーっっっ!」
「顔ぱんぱんだヨ」
「言い方!もっとあるでしょ?!」
「ボクのいない間に暴飲暴食したんでショ。さすがにダイエットしたほうがいいんじゃなイ?」
「うう、やっぱり…」
「それはそれで可愛いけド、肉まんみたいになってるヨ」
「容赦ない…」

毎日鏡で見てると分からないくらい少しずつ変化してくから、まだ大丈夫かな?ってなんの根拠もなく思ってたというか、信じたかったんだけど、夏目くんに言わせてしまったということは相当なのだろう。
テレビの中では小太りの芸人さんがトレーナーさんにきつそ〜なトレーニングをさせられている。汗だくだくでひいひい言いながらプランクやマウンテンクライマーをしていて、見ているだけでこっちが疲れそうだ。
画面が切り替わると今度は食事のバランスや量について指導されていて、他人事ながらぞっとした。
え〜!絶対やりたくない!むり!
そんなわたしの心を読んでか、ひとりがけのソファに座っていた夏目くんがわたしの隣に座り直した。
いい笑顔ですね…。

「ななしちゃん、夏休みに海行きたいって言ってなかっタ?」
「うっ」
「新しいノースリーブのワンピース買ったっテ」
「ううっ」
「お気に入りのスカート、けっこう細身だったよネ」
「う、う〜〜!」
「そういえば一緒にでかけようって約束してたよネ」
「し、した…」
「ダイエット、しよっカ」
「はひ…………」

きらきらの笑顔なのに悪魔みたいな夏目くんの宣告により、わたしのダイエット生活が決定してしまった。
わたしよりわたしのダイエットに燃えている夏目くんを改めてみると、よくこんな綺麗な人の隣でぶくぶく太れたなあという感想しか出ない。
当然と言えば、当然のことだ。
夏目くんは卵とは言えアイドルで、特にここ最近のSwitchの人気は目を瞠るものがある。レッスンでカロリー消費はもちろんのこと、意識的に気を付けている部分もあるに違いない。
少し身長は低めだけど、すらっとした手足やつやつやの髪の毛、お肌なんてわたしより綺麗だ。はっきり言って女子として勝てるところなんかひとつもないくらいなのに、もしかして体重変わらないんじゃ…?

「大丈夫、ボクが元の可愛いななしちゃんに戻してあげるヨ…♪もちろん今のままでも可愛いけどネ?」
「わーいありがと〜…。な、夏目くん。ところで夏目くんて何キロだっけ…?」
「ボク?んー、公式プロフィールには53キロって書いてあるけド、昨日計った時は52キロだったヨ」
「……………」

ご、ごじゅうにきろ。
ごじゅうにきろ…………?
細い細いとは思ってたけどほんとに細い…!
ていうかもしかして毎日体重計乗ってる…?!

「ななしちゃん?」
「ほんとに夏目くんと体重ほとんど変わらないかもしれない…嘘…」
「エ、ななしちゃんそんなに太ったノ?どうりで顔がぱんぱんなわけだヨ…ほっぺたなんか詰めてル?」

夏目くんいわくぱんぱんなほっぺたを無遠慮につつかれた。
つんつんされる感覚が肉厚な感じがする。ぷにっぷにしてる…。

「やだ〜〜!なんか最近制服のスカートきついなって思ってたんだけど!信じたくなくて!」
「ボクが最近忙しかったからってだらだら自堕落な生活してたんでショ」
「言い訳できない」
「とにかク、今日からおやつはなしだヨ」
「えー!今日来るって言うから夏目くんとアイス食べようと思って昨日買ってきたのに…」
「ボクも我慢するかラ、ななしちゃんも頑張っテ」

ダイエットが必要ない夏目くんまで巻き込んでしまって申し訳ない気持ちと、楽しそうにプランを練っている夏目くんに恐れをなしているわたしがいる。
さっきの芸人さんみたいな感じにはならないよね?わたしあんなの無理だよ?
ぽちぽちスマホを触っている夏目くんの手元をこっそり見ると、ニューチューブのプレイリストが作られていた。
プランクやマウンテンクライマー、バックランジ、腕立て伏せにストレッチにヨガ、5分トレーニング系が次々と放り込まれ、月曜朝、夜、といった具合に曜日と時間を指定された。
あ、あのトレーナーさん知ってる。クラスの子もやってるって言ってた。

「ななしちゃんは毎日おんなじことさせたら飽きてやらなくなるからネ」
「よくお分かりで…」
「あんまりきついのと長いのは入れないようにしてるかラ。朝は起こしにきてあげるから大丈夫だヨ」
「ガチのやつじゃん〜!できないよ!」
「水着」
「う」
「ノースリーブ」
「ううう〜!分かったよ!」
「うン。じゃア、体重計乗っテ」
「……え?」

え?無慈悲?
体重計?
いま…?
ぶくぶく肥えた今…?
我が家の脱衣所から体重計を持ってきた夏目くんはフローリングの床にそれを降ろした。
のっ、乗りたくねえ〜〜!

「た、体重計?」
「体重計」
「え?」
「体重計」
「え?」
「……ななしちゃん、痩せる気、あル?」
「乗ります……あっ、でも待って!まずは自分だけで見させて!」
「まあ別にいいけド…実際どのくらい増えたか教えてもらわないと対策できないからネ。減ったのかも分からないし」
「ぐっ…」
「ほら早ク」
「分かったっ!分かったからせめて先に一人で…!目閉じてて!」
「はいはイ」

ええい、ままよ!
夏目くんに目を閉じてもらって、勇気が萎まないうちに足を乗せた。ピピッと計測の終わりを知らせる音が鳴った。
ええん見たくない〜!
いやわたしまで目閉じてどうすんの〜?!でもでもほんと見たくない…!
実際の数値よりちょっと軽く言うくらいはいいよね?ダイエットは頑張るし?

「52キロ…ななしちゃん4キロも太ってなんで気づかないノ?」
「見てるー?!目え閉じてって言ったじゃん!なんで?!」
「ななしちゃん絶対軽く言うじゃン」
「ほんっとよく分かってるね……」
「ななしちゃん、さすがにこの短期間で4キロはやばいヨ」
「やっぱり?」

実際の数値を聞くと、深刻さがやばい。夏目くんとほんとに同じだった…!
よんきろ…?
なんで?
クラスの子とケーキブッフェ行ったから?クラス懇親会の焼き肉のほう?最近ファミレスとかワクワクナルドが続いたから?
ママがクッキー焼くのにはまっておやつ毎日クッキーだったほうかな?あ、パパの誕生日に向けてケーキ焼きまくって試食し続けたせい…?
4キロの脂肪の量、みんな知ってる?!筋肉とは違うんだよ!量が!

「全部だヨ。それだけ心当たりあってなんで大丈夫だと思ったノ?」
「ぐう」
「ボク、口でぐうって言う人ななしちゃんしか見たことないヨ」
「お願い夏目くん痩せたいよお〜!さすがに4キロは怖い!でも自分で管理できる気がしない!」
「しかたないナ…♪」

かくしてわたしのダイエット生活が始まったのである。
言葉にするのも憚られるくらい、つらかった。とんでもなく自分に甘いので。
毎朝起こしに来た夏目くんに見張られ、もとい、見守られながら日課をこなし、たんぱく質と野菜中心の生活。飲み物は水かお茶。もちろんミルクティーやお砂糖などもってのほかである。
ママも「最近パパがメタボ気味だったからちょうどよかったわあ」とか言ってお弁当も夕飯もヘルシーヘルシーヘルシー…!
むね肉飽きたよお、モモ肉が食べたいよお…。
巻き込まれたパパは泣いてた。
お風呂に入る前にまたトレーニング、寝る前にストレッチやヨガ。
そうして頑張ること一月。
堕落した生活を改善して鬼コーチとトレーニングに勤しんだ結果、見事3キロ減…!

「痩せたー!痩せたんじゃない?これは痩せた。痩せたよ」
「エ?まだもとに戻ってはないよネ?」
「そうなんだけどお…!」
「また同じような生活したら太るヨ」
「頑張ったんだから褒めてくれてもよくない?!」
「ななしちゃんはいつも頑張ってるヨ」
「夏目くん…!」
「だからななしちゃんならまだ頑張れル」
「鬼じゃん」

わたしのダイエットはまだまだ終わらないのであった。
夏が終わったら腕出さないしいいよね?いいよって言って???



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