「ということがあったんですけど。ななしちゃんは夏目くんにあげないんですか?」
「う、うーーーん」

あらゆる部分がぼかされ省略されていたが、どうやらユニットでバレンタインの話になり、わたしが夏目くんにチョコをあげていないのが気になるということだった。
いや〜、プロデューサーさんすごいなあ…みんなに手作りのチョコでラッピングまで頑張ってるんだ…。

「夏目くん、あげたらとっても喜ぶと思いますよ」
「そう、かなあ…?夢ノ咲のアイドル科って、ファンとかすごいって聞いたよ。夏目くんならわたしがあげなくてもたくさんもらえるんじゃないかなあ」
「そこはほら、ななしちゃんのは特別ですから」
「ううん…うん………うーん…?」
「ななしちゃん?」

もごもごとはっきりしないわたしに、電話のむこうでつむぎくんは不思議そうにしている。
わたしたちの仲のよさなら、きっとあげるのもおかしなことではないのだろう。恋人というわけでもないけれど、ただの友達と言うには身近すぎるし。
他のファンの子たちのことを考えても、別に学校や外で渡さないとあげられないわけでもないし、あげたからって誰に見咎められるということもない。夏目くんとわたしは家族みたいなものなんだから。
ママは毎年パパと夏目くんに手作りのチョコを用意しているし、一緒に作ればいいだけだ。
それでも、夏目くんにーーううん、夏目くんだけじゃなくて男の子に、チョコをあげるというのは、少し遠慮したかった。

「言えないことならいいんですよ。すいません、無遠慮に聞いてしまって」
「言えないってわけじゃないんだけど」
「言いにくいことですか?」
「そういうわけでもなくて、思い出してちょっと気が滅入ったというか」
「やなお話です?」
「どうだろう、人によっては?」

よくあることなのだと、今なら思う。他の人からしたらなんてことないことなのかもしれない。
小学生になり、初めてバレンタインに参加することになったときのことだ。
わたしにはわりと仲のいい男の子がいた。
席替えで隣になってから、ぐっと仲良くなった男の子。話してみたらイチゴのパフェが好きだとか見てるテレビが一緒だったりとか、席が離れてからも同じ係りになったりと共通点が多かった。
別に好きとか、そういうことはなかった。会話の流れで、チョコがもらえなかったらどうしようと言っていたから、わたしがあげてもいいよと、軽い気持ちで言った。その子はひとつもらえると安心していたし、わたしもイベントに参加するのを楽しみにしていた。
それまではママと一緒なパパに作っていただけだったから、なんだか少し大人になったような気すらしていた。
しかし、いざ蓋を開けてみたら激戦だった。
彼は乱暴な子が多かったあのクラスでは珍しいさわやかなタイプで、かなり人気があったのだ。そんなことも知らず、わたしは持ってきたチョコを渡した。

「はい、約束してたやつ」
「え、まじで?ほんとにもらえると思ってなかった」
「これでゼロ個じゃなくなったね」
「うわ〜、ななしありがとう」
「上手にできたか分かんないけど。パパもおいしいって言ってくれたから大丈夫だと思う」
「いやいや、もらえるだけで嬉しいって!」

彼はとても喜んでいたし、わたしも何をあげようかと考えたりして楽しかった。
周りの子の言葉を聞くまでは。

「ねえ、なんでななしちゃんがジュンくんにあげてるの?」
「え?」
「ずるい」
「ぬけがけしないでよ」
「ぬ、ぬけがけって。別にそういうんじゃないよ。欲しいって言ってたから…」
「なにそれ」

突然向けられた敵意に、わたしはただ混乱した。クラスの子たちとはよく遊んでいたし、こんな風に怒られる覚えは全くなかったから。
今ならどうしてあの子たちが怒ってたのか分かる。
彼女たちは彼のことが好きで、その彼がわたしに「チョコがほしい」と言ったことが気に入らなかったのだ。事情を詳しく知らないから「わたしのチョコがほしいと言った」ととったのだろう。
そんなことを言われても、わたしは友達がゼロ個だとかわいそうだからと用意しただけだ。怒られても困る。
結局そのあとみんなもチョコをあげてその場は治まったけど、もう二度と軽率に男の子にチョコはあげないと誓った。
だって、めんどくさい。
別に好きだったわけでもない。どうしてもあげたかったわけでもない。
ただ、友達とイベントを楽しみたかっただけ。
その副産物がこんな嫉妬なら、参加しない方がずっといい。
幼いわたしはそう判断し、以降、友チョコだけになった。
そのあともノリで何度かチョコが欲しいと言われることもあったけど、女の子しかあげないと言えば渋々諦めてくれていたし、特別あげたい人がいたわけでもない。
夏目くんのことは大好きだけど、あの時の比じゃないくらいにめんどうなことになりそうだし…。
中学の時すごかったなー。ほんとに下駄箱とか机の中に勝手に入れてくんだ!ってちょっと感動すらしたもんね。漫画とかドラマの中だけのできごとだと思ってたし。

「とまあ、そんな感じ」
「それは…大変でしたね?」
「なんで女の子ってすぐああいうこと言うんだろ…もう絶対あげたくなくなったよ」
「女の子は難しいですねえ」
「ね〜」
「でも、その男の子はななしちゃんが好きだったかもしれませんね」
「あはは、ないない。途中でひっこしちゃったけど、一回も連絡来たことないもん。わたしは手紙一回送ったけど、返事もなかったよ」
「それは自分のせいでななしちゃんが女の子たちから責められて、気まずかったんじゃないでしょうか。おいそれと手紙を出したりするには勇気が足りなかったのかも」
「そう言われると、そうかも?え、もしかしてわたしのモテ期そこで終わった…?」

笑って聞いていたけれど、笑い事じゃないかもしれない。
それ以降、どれだけ思い出しても全然甘酸っぱい思い出がない。いや、この思い出もわりと苦い記憶だけども。
あれ、待って待って、わたしってもしかして、彼氏以前に恋すらしてない…?

「モテ期…終わった…?今後ある…?」
「ななしちゃんがですか?」
「やっぱり夏目くんとべったりしすぎなのかなあ…そろそろ彼氏ほしいのにな」
「お願いなので夏目くんにそれ言わないでください!大変なことになります!」
「なんでみんな同じこと言うの?」



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