「ねえねえ夏目〜!見て見て見て見て〜〜〜!」
「…なニ、バルくん」
「夏目はチョコもらった?」
「チョコ?」
「今日はバレンタインだよ!俺はさっきあんずがくれたんだ〜!みてみて!キラキラのラッピング…☆」

息を切らして踊るように走ってきたバルくんは、子猫ちゃんにもらったらしい包みを嬉しそうに抱えている。
くるっと一回転して誇らしげに掲げたそれは確かにバルくんらしい。
いかにもバルくんの好きそうなきらきらとしたラッピングは、あんずちゃんが個別に用意したものなのだろう。
彼女は相変わらずマメだ。チョコを作るだけでも大変だろうに、わざわざわひとりずつ相手を思って包んだようだ。そういうところが、きっとみんな好ましいと感じ、彼女になら協力しようと思わせる。こういうあんずちゃんにはなんでもない努力の積み重ねが、実っているのだ。
きらきらと陽の光を反射させるそれを見て、バレンタインか、と無意識に呟いてしまった。

どうやら今日は世間ではバレンタイン、らしい。
その事実に気がついてどんより気が滅入った。
あああああ、考えないようにしてたのに…!
バレンタイン…バレンタインか…!
バルくん、恨むよ………。
今年も悪夢がやってきてしまったのだ。

「はア………」
「ん?あれ、夏目どうしたの?」
「なんでもなイ…」
「なんでもなくなさそうだけど。ほらほら元気だしなよ!夏目もあんずにチョコもらいにいこう!」
「えエ…?」

強引に引っ張られてたたらを踏む。かといって抵抗するのも億劫で、されるがままについていくと、教室の前であんずちゃんがサリーくんたちにもチョコを渡していた。
やっぱりみんなの分もそれぞれ個性を重視したラッピングになっているみたいだ。本当にマメな子だなあ。
バルくんは大きく手を振って駆け寄るとあんずちゃんに飛び込んだ。

「あんず〜!夏目つれてきたよ!」
「わっ、スバルくん」
「こらスバル、夏目もあんずも困ってるぞ〜」
「ごめんごめん!ほら、夏目ももらいなよ!」
「バルくん…?こういうのは自分からもらいに行くものじゃないと思うんだけド」
「え〜、でもでも、みんなを探してたらあんずが大変じゃん!」

そう言われると、否定しにくい。
あんずちゃんのことだから関わっているアイドル全員に用意しているんだろう。
それをひとりひとり探していては一日では足りないのは確かだ。

「ありがとうスバルくん。夏目くん、これ夏目くんの分。いつもありがとう」
「ア、うン。こちらこそいつもありがとウ」

あんずちゃんはボクの分だというチョコを抱えていた段ボールから取り出すとにっこり笑った。
この子もずいぶん笑顔が増えたものだ。初めの頃はどこかに感情を落としてきたようだったのに。
トリスタと関わっていくうちになくしたものが少しずつ戻ってきているのかもしれない。
もらったチョコはSwitchのイメージカラーだろう黄色い袋に黄緑のリボン、それとボクのイメージなのか五芒星のチャームがついていた。
あんずちゃんには悪いけど、誰かからもらってしまうと、ありがたさよりも虚しさが勝ってしまう自分がいた。
それもこれも、全部ななしちゃんのせいだ…!


「少し休憩しましょう」
「エ?でもまだ始めたばかりだヨ」
「そのほうがいいです!宙も賛成です!」

考えないようにレッスンに打ち込んでも、休憩時間になるとどうしても意識してしまう。
ふたりがそんなボクに気がつかないわけがなく、今しがたレッスンを再開したところだというのに中断させるほど心配させてしまった。
センパイはドリンクを渡しながら横に座った。触れていいものか…と顔に出ている。

「夏目くん、その、どうしてそんなに元気ないんです?」
「ししょ〜、とってもとっても悲しい色です」
「……ななしちゃんかラ…」
「ななしちゃん?」
「ななしおね〜さんがどうしたんです?」
「ななしちゃんから今年もチョコがもらえなさそうなんだヨ…!」
「えっ?!」
「ななしおね〜さん、そういうの好きそうなのにな〜?」
「好きは好きなんだヨ。毎年レシピ本とか見て楽しそうにしてるし…!でもななしちゃん…バレンタインは女の子のお友だちにしかあげないんだヨ…だからボクはもらったことがなイ……」

がっくりしているボクを見てセンパイはおろおろと歩き回り、ソラは慰めるように腰に抱きついてきた。
ななしちゃんは昔、ボクのことを女の子だと思っていた。だからその頃ならもらえただろう。
いや、絶対くれた。ななしちゃんはボクのことが一番好きだったから絶対くれた。ていうかボクにくれないなら誰にもあげないはず。むしろボク以外にあげるとか許さない。
でもななしちゃんがバレンタインの行事に参加するようになったのはボクがいなくなってからで、どういう経緯で男の子にあげなくなったのかは分からないけど…中学で再会して以来、一度ももらったことがない。
ママさんは毎年くれるけど、実はななしちゃんも一緒に作ってた…なんてことも一度もない。徹頭徹尾、ママさんのお手製である。

「ボク、このままじゃずっとななしちゃんからチョコをもらえないままなんだけド…!」
「他にもらってる人はいないです?」
「ハ?そんなやついたら呪ってるヨ」
「さらっと怖いこと言わないでください、夏目くん」
「何言ってるノ。呪うだけで済むなら安いものでショ。ななしちゃんからのチョコもらえるんだヨ?むしろ呪われるくらいじゃないと人生の釣り合いがとれないよネ?」
「ししょ〜なんだかおかしな色になってるな〜。落ち着いてください!」
「ハッ!危ないところだっタ。ありがとうソラ」

えいっ!とかけ声付きで思いきり抱き締められる。
なんとなく落ち着けたような、そうでないような。可愛いソラの力をもってしても、今のボクの悲しみや焦りは消えてくれない。

「ななしちゃんに、チョコくださいって言ったことはあるんですか?」
「ないヨ」
「言ってみたらいいじゃないですか。特別な理由がなければ、ふたりの仲のよさなら断られることはないと思いますよ」
「そんなこと言えるわけないでショ!それじゃボクが欲しがってるみたいでショ…?!」
「え?夏目くんが欲しがってるんですよね?」
「ウッ、ソ、そうなんだけド!欲しいんだけド!なんか、ボクだけ好きみたいじゃン!」
「……え?そうですよね…?」
「センパイのバカ!傷ついてる後輩に現実を突きつけないでヨ!」
「今日の夏目くんはいつになく理不尽ですねえ」

はて、と首を傾げてのほほんと笑っているメガネをカチ割ってやりたい。


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