「ななしちゃん、ほんとに大丈夫?ハンカチとティッシュハ?時間割り間違えてなイ?定期あル?」
「大丈夫だよ……」
「ねえスカート短すぎるんじゃなイ」
「こういう制服だから!」
「やっぱり夢ノ咲に来たほうがよかったんジャ」
「もう!夏目くん心配性すぎ!わたしたち、もう高校生だよ?一人で学校くらい行けるってば」
「でもななしちゃんだシ」
「でもじゃないんですけど…?!」

今日も朝イチで夏目くんが我が家に来てから、何度このやりとりを繰り返したか分からない。
わたしは少しうんざりしながら、ため息を飲み込んだ。中学を卒業しても夏目くんの過保護は相変わらずで、毎朝同じ問答を繰り返すのも日常になってきた。
夏目くんのことは大好きだし頼りにしてるけども…ママでもここまで心配しないよ、夏目くん…?
それにわたしももう高校生だ。小さい頃から知ってる夏目くんにとっては、まだまだ手のかかる幼なじみなんだろうけど、自分のことくらいできるのに。信用無さすぎる。心当たりありまくりだけど!
傘を忘れたり宿題忘れたり教科書忘れたり定期落としたり………、あっ、やばい。やらかした記憶がどんどん蘇ってきて強く反論できなくなってきた。
夏目くんはむっつりと黙ったわたしを見てぎこちなく笑った。

「ボクがいなくてモ、大丈夫だよネ」
「ぐっ」

こんな無理した笑顔で、こんなことを言わせてしまった自分に罪悪感が募る。
で、でも、夏目くんだし。過去のことを思い返せば言いくるめるための演技の可能性もあって、だから、ここは心配しなくても大丈夫だと強く主張するべきだ。
するべき、なんだけど。

「いなくていいとか、そんなことはないけど」
「うン、だよネ。知ってル」
「はめられた!」
「人聞き悪いなア?」
「もう!夏目くんのばか!心配して損したっ!行ってきます!」
「待ってヨ。どうせ駅までは一緒なんだかラ」

やっぱり演技だった。特にここ最近、夏目くんはわたしで遊ぶことに余念がなく、こうやってからかわれる頻度が増えた。
おかしそうに笑ってついてくる夏目くんをじと目でにらんでそっぽを向いた。それすらもおかしいのか、クスクスと笑う声が全然隠せていない。
いつまでも子供扱いされるのは業腹だけど、原因が自分だという自覚もある。もっとしっかりして、夏目くんをぎゃふんと言わせてやる。
そのためには夏目くんがうちに来るより早く起きて、準備をしなくてはいけない。毎朝夏目くんに起こされているようでは、夏目くん離れなど夢のまた夢だ。

という話をすると、リンゴジュースのパックを啜っていたよっちゃんはぱちくりと目を瞬かせた。

「え?ななしちゃん、まだそんなこと言ってたの?」
「まだっていうかずっと言ってるでしょ」
「うん。ずっと言ってるけど達成されてないね」
「耳が痛い…」
「諦めたほうがいいんじゃないかなあ」
「諦めないっ!絶対明日は自分で起きる!」
「なになに、ななしやま朝弱いの?」
「弱くないですう、ちょっとこう、目が開かないだけですう」
「それ完全に弱い人が言うやつじゃん」

隣の席の斎藤くんは意地悪く笑った。
頬杖をついてにやにやとこちらを見ている斎藤くんは、高校に入って初めて出来た男の子の友達だ。そう、男の子の!
入学当初、夏目くんがいないとこんなにもスムーズに友達ができるのかと驚いた。よろしくーと軽く声をかけてもらった時の感動をわたしは忘れない。そのあとわたしと同じ中学出身の子に「ななしやまに話しかけると呪われるぞ?!」と言われて引いてたけど。余計なこと言うなばかー!
女子からは妬まれ、男子からは距離を置かれた3年間…。
みんながみんなそうだったわけではないけれど、思い返してもろくでもないな?!

「ななしちゃん、修学旅行のときとかも大変だったよね。全然起きられなくて」
「一応起きてたよ!」
「可愛かったなあ、めそめそしながらお布団で丸まるななしちゃん」
「ななしやまっぽいなー」
「もう諦めて逆先くんに起こしてもらえばいいじゃない」
「さかさき?」
「ななしちゃんの彼氏」
「ななしやま彼氏いたんだ」
「違うから。幼馴染みだから」
「ああ、例のか」
「一緒に住んでるくせに〜」
「住んではないから!夏目くんち忙しいから預かってるだけって知ってるくせに。よっちゃんの意地悪」
「ごめんね、ななしちゃんがかわいくてつい」

たいして悪いと思ってなさそうに、手を合わせてにこにこと謝るよっちゃん。ほんとに夏目くんとくっつけようとしてる節があるんだよなあ。
むくれていると、斎藤くんが急に豪速球を投げてきた。

「じゃあ、俺、ななしやまの彼氏に立候補しよっかな」
「え」
「え?!だめだめ!ななしちゃんには逆先くんがいるから!」
「彼氏じゃないんだろ?」
「それはそうだけどっ!でもだめっ!わたしが逆先くんに怒られちゃう!」
「え〜いいじゃん、怒らせとけば」

もしや初彼氏できちゃう?!と期待したのも束の間、当事者を差し置いてふたりはヒートアップしていく。
夏目くんがいるからだめ。いいじゃんべつに。だめったらダメ!彼氏じゃないんだろ?でもだめなの!
睨みあうふたりに話しかける隙もない。
早々に止めることを放棄してレモンティーの紙パックの虎に心のなかで話しかけた。
これ、誰の話だっけ?と。
虎は知らん顔で「飲みタイガー!」と言っていた。うーんおいしい。
仕方なく昨日買ったばかりの雑誌を取り出して、かわいいワンピースがないか探すことにした。わー、このサンダル可愛いなあ。

「ななしちゃんは逆先くんと斎藤くん、どっちがいいのっ?!」
「え?なにが?」
「やだこいつ、ミリも聞いてねーじゃん」
「だから、ななしちゃんは」
「はーい、席についてくださーい」

現実逃避していると、よっちゃんが噛みつくように言った。全然聞いていなかったわたしが答えられるわけもなく、斎藤くんは呆れたようにため息をついた。
そうこうしている内にチャイムが鳴って、先生が教室に来て話は中断を余儀なくされる。よっちゃんは悔しそうにしながら自分の席に戻って、斎藤くんは横にしていた体を前に向けた。

「もー、斎藤くん、よっちゃんからかうのやめなよ。よっちゃん彼氏いるよ?」
「…知ってるけど」
「あんまりいじめてると嫌われるよ」
「ほんとそういうとこだよな〜。夏目くんとやらも苦労するわけだ」

哀れなものを見るような目で見るのやめてもらっていいです?



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