(ヒロインいません)


「俺たちも来年は受験か…」
「受験の話はやめてくれ〜!」
「お前はちゃんと勉強しろよ」
「志望校どこ?」
「穂群原〜、弓道部かっこよかったんだよ」
「弓道?難しそうじゃね?」
「おれ北高」
「俺も北高。学祭のバンドがすごかった!なんとか団…?とかいう。ギターまじぱねぇ」
「なんだよそれ」

2年ももう終わる。ともなれば、関心は受験に傾くのも当然のこと。
むしろ見ないことにしていては取り返しのつかないことになるだろう。
教室でも休み時間に参考書を開いている子は少なくないし、クラスの大半が塾なりなんなりで対策を始めている頃だ。
部活で追い込みを始められないグループも、2、3ヶ月の間にはどうするかくらいは考え出すだろう。
そうなれば次に興味が湧くのはお互いの進路について。どこの学校に行くのか、部活はどうなのか、偏差値は、校風は…。
話を聞いてみれば、けっこういろんな情報があって面白い。
ボクは夢ノ咲しか考えてなかったから、知らないことも多い。
人気なのは穂群原と北高か。ていうかなんとか団ってなに…?バンド名?

「山田はどこだっけ」
「俺はサッカーで推薦狙ってる」
「お前うまいもんなあ」
「逆先は?」
「ボク?夢ノ咲」
「夢ノ咲か〜あそこいろんな学科あったよな」
「俺も夢ノ咲!また一緒に行けそうだな」
「エ、ボクはアイドル科だけド」
「…は?!」

はああああああ??!
クラス中に響く叫び声。耳がキーンてした。痛い。
そんなに驚くこと?
全員が乗り出してボクを見ている。
焦ったようにお互いを見回し、混乱したまま思考を垂れ流すように口早に言葉を連ねた。

「いやっ、まあそうか?!そう言われればそうなのか?!」
「そうだよ、そういえば逆先ってななしやまに狂ってるけどっ、忘れてたけど!顔はいいんだった…!」
「そうじゃん親も芸能人じゃん」
「待っテ、狂ってるってなニ」
「そ、そうか、アイドル……今のうちにサインもらうか…」
「遠い存在になっちゃうね」
「逆先、俺たちのこと忘れないでくれよな」
「こんな濃いやつら忘れたくても忘れられないヨ」
「逆先〜っ!」
「ありがとう!」
「褒めてないけド?!」

何人にも抱きつかれて鬱陶しいし重い。端から見ても暑苦しい団子になっているだろう。
何が悲しくて男子に抱きつかれないといけないのか誰か説明してくれる?
ぎゅうぎゅうと強く抱きついてくるクラスメイトを力一杯押し返すものの、なかなか剥がれない。
え、引くほど力強いんだけど…?
どうにかこうにか、ほんの少し打撃を与えて身の安全を確保する。頬をさすりながら恨めしそうな表情をされたが無視した。

「でもいいのか?ななしやまって北高志望だっただろ」
「ななしちゃんと離れるとか無理〜って言いそうじゃん」
「無理だけド。エ?それもしかしてボクの真似?」
「無理なんか〜い」

は?普通に無理でしょ?目の届かないところに行くなんてほんとはもう二度としたくないよ…!
また外堀埋めるのも楽じゃないし、ななしちゃんはどんどん可愛くなってるから虫はうじゃうじゃわくだろうし…かといって、夢ノ咲に連れてくなんてもってのほかだ。
ななしちゃんの好みは、毎週楽しみに見ているバディという刑事ドラマの、前の相棒だった神戸さんらしいけど…そういうやつが夢ノ咲にいないとも限らない。
現実にはなかなかいないキザな感じが似合ってるのがいいらしい。
ボク、みっちーみたいになれるかな…。
とにかく、そんな魔の巣窟にななしちゃんを連れていくなんてできない。

「ななしちゃんがアイドル科とか演劇科の生徒と関わるかもしれないと思うと無理。ボク以外にもイケメンがいるってことに気付いてほしくなイ」
「逆先は逆先だった」
「すげー自己肯定感強いじゃん…」
「え、俺らもしかして言外に不細工って言われてる?」
「今それ関係ないでショ、ちゃんと聞いテ」
「あっはい」
「ななしちゃんは可愛いかラ…きっとアイドル科でも演劇科でも目をつけられるに決まってル。嫌がるななしちゃんを無理矢理彼女にするかモ…!」
「いつものことだけどどこからつっこめばいい?」
「たぶん逆先聞いてないから無意味」
「ななしちゃんはボクと結婚するのニ、そんなことになったらきっと悲しム」
「そもそもななしやまって逆先のこと好きだったっけ」
「好きだヨ!!!」
「お、おう」
「妄想が強い」
「こういうときだけ聞いてるんだよな」
「逆に真実かもしれないと思ってきた」
「おい!惑わされるな!」

惑わされるってなに?事実しか言ってないでしょ?
確かにまだ結婚するとかは話し合ってないけど…付き合ってないけど…ななしちゃんの気持ちはまだ決まってないけど……そこはなんていうか、まだそういう段階じゃないっていうか…。道を潰しきれてないっていうか…。

「道を潰すとか言うな」
「逃げられないやつじゃん」
「逆先が逃がすわけない」
「けど監視の目が緩むとななしやまも彼氏とかできるんじゃねーの」
「さすがに逆先が邪魔してたの気づくんじゃん」
「いや、わりともう気づいてる」
「夏目くんといたら、わたし永遠に彼氏できないのでは?って言ってたぞ」
「人聞きの悪いこといわないでくれル?邪魔はしてないかラ。邪魔ハ。ちょっとこウ……、あれやこれやをいろいろ考え直してもらってるだケ」
「すごい濁すじゃん…」
「ぼかしすぎてて逆に恐ろしいわ」
「そもそもボクがいるの分かっててななしちゃんに恋する人たちってどういう神経してるノ?勝てる自信あるノ?」
「逆に逆先はどういう権限でななしやまの恋愛制限してんの?」
「彼氏?」
「こわいこわい、一方的すぎる」

ななしちゃんも年頃の女の子なので、当然恋への憧れもあるし、友達ともよくコイバナとかをしてる。ななしちゃん自身にはまだそういった話はないけれど、友達が彼氏の話をしているのを羨ましそうにしていた。

「ななしちゃんが彼氏いいなーって言ってたかラ、ボクがなろうカ?って聞いたラ、あははって笑ってたんだけド、笑うとこあっタ?」
「ななしやまそういうとこあるよな」
「めっちゃ怒られそうだけど言ってもいい?」

山田くんがわりと真面目な顔で言うので、全員彼を見た。
ボクも仕方なく頷く。

「ナ、なニ?」
「ななしやまは正直逆先を恋愛対象にしてない。圏外」
「知ってるけド?!だから他の男を寄せ付けないようにしてるんだヨ!」
「過保護すぎて保護者と思われてる」
「よくて兄弟、悪くてお母さん」
「ほんとにアプローチあってる?」
「いや完全にミスだろ」
「けど実際、逆先いなかったらとっくに彼氏できてるよな」
「そんなの絶対許さないけド?」
「愛が重いんだよな〜」

重くていいよ!重くてななしちゃんにボク以外の男が寄ってこないなら全然いいよ!

「なんていうかさ、逆先が悩んでるのは分かってるんだけど、ななしやまのこと話してる逆先見ると安心するわ」
「不幸を喜ばれてル?山田くんにも不幸がくるようにしようカ?」
「やめて。そういうことじゃないから」
「じゃあなニ」
「逆先も俺らと同じ中学生男子なんだなってこと。お前ってなんかタッカンしてるっていうか、悟ってるっていうかじゃん。でもななしやまのことになると困ったり焦ったりしててでかい声も出すしさ」
「恥ずかしいからやめテ…」
「いいじゃん、親近感あっていいよ。今度ななしやまに逆先のいいとこ言っとくわ」
「山田くん、君はボクの親友だヨ」
「やっすいな?!」



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