朝御飯を食べていると、キッチンからママが顔を出した。

「ななしちゃん、夏休みはどうするの?」
「うーん、特に決めてないけど…」
「夏目くんち、お母さんたちが忙しいみたいでうちで預かることになりそうなのよ」
「え!やった!小さい頃みたいで嬉しい」
「ママ張り切ってごはん作っちゃお〜!ねえねえ夏目くんママのこと覚えてるかな?忘れてないかな?夏目くんのお洋服買ってこようかな?」
「ねえママ、夏目くんのこと好きすぎじゃない?ていうか娘のは?あれ?」
「やだ、そんなことないよ?でも夏目くんはうちの子になるし」

夏目くんが戻ってきて初めての夏休み。
たくさん誘おうと思っていたらまさかうちですごしてくれるなんて!
我が家はみんな夏目くんが大好きなので、夏休み中構い倒すことになるな。
夏目くん、口ではやめてよって言うけど、いつも嬉しそうにしてるのバレバレなんだよね。可愛いな〜!
ママはるんるんしながら冷蔵庫を覗いている。きっと夏目くんが好きだったものを思い出しているのだろう。
当分夏目くんの好きなものしか並ばないであろう食卓を思い浮かべ……うーーん、アリ。アリ寄りのアリ!やったー!

「夏目くん好きなもの変わってないかな?ななしちゃん聞いてきてよ」
「分かった。ね〜ママ、夏目くんと海とか行きたい!着いてきてくれるかな?」
「夏目くんはななしちゃんがいればどこでも着いてくるわよ。雨が降ってようが槍が降ってようが、それこそ地獄でも」
「地獄って、ママ大袈裟なんだから。あはは。夏休み楽しみだなー!」

テレビでは天気予報が流れていた。お姉さんは朝だというのにはっきりとした日差しの中、にこやかにパネルを指している。
今日は一日暑そうだな。

と、思っていたのに。下駄箱から靴を出していると突然叩きつけるような強い雨音が落ちてきた。

「な、なんで雨…」
「わあ、これは傘ないと帰れないね」
「よっちゃん傘ある?」
「ううん、今日は持ってきてない。ななしちゃんは?」
「だよねえ、わたしもない」
「けどわたし、今日は塾あるから走って帰る!待ってたら間に合わないし」
「チャレンジャーだね?!どしゃ降りだよ!」
「大丈夫、着替えてから行くから。たぶんゲリラ豪雨だと思うから、ななしちゃんは弱くなるの待ってから帰った方がいいよ」

よっちゃんは止める間もなく「また明日ねー!」と去っていった。強い。よっちゃんのそういうとこ好きだよわたし。
かといって追いかけるわけにもいかず、昇降口で雨が弱まるのを待つ。周りには他にも雨宿りをしている生徒がちらほらいるのを見てちょっと安心した。
脳内でママが「だからいつも折り畳み傘持って行きなさいって言ってるのに」と文句を言う。
待ってママ、折り畳み傘持ってきてないのわたしだけじゃなかったよ。
なんと言い訳をしたところで雨が止んでくれるわけでもなく、立ち尽くすしかないんだけど。

「あレ、ななしちゃん先に帰ったんじゃなかったノ」
「夏目くん!見てよ雨!」
「あア…なるほド。靴の中まで濡れそうでやだなア」
「靴どころじゃないよ、全身びちょびちょだよ」

ボーッとしていると職員室に用があるからと別れた夏目くんが追い付いてきた。
まあまあな時間を無為に過ごしてしまった…!
夏目くんは外を見て嫌そうに顔をしかめると、背負っていたリュックを下ろした。

「もう少し弱まれば走って帰れるのにな」
「エ、ななしちゃんこの雨の中走って帰るつもりなノ…?」
「さすがにこの豪雨の中は走らないよ?!」

正気を疑われている。まってまって、ほんとにしないから。
夏目くんはドン引きして「そういうところ昔と変わらないネ…さすがにもう止めた方がいいヨ…」と言った。
だから今はもうしないってば…!今は!幼稚園のときのはなしだからっ!

「うん信じるヨ、いくらななしちゃんでもさすがにもうしないよネ。シャワーだー!ってはしゃぎまわったりしないよネ」
「半信半疑じゃん…ほとんど疑ってるじゃん…9割疑いじゃん…」
「まあ冗談はさておキ。帰ろうカ」
「う、うん」

冗談…?けっこう本気の顔だったよ?
そうは言ってもまだ雨は弱いとは言いがたい。この中を走って帰っては、うちに着く頃にはふたりとも濡れ鼠だ。
夏目くんに傘を持っていないと伝えると、「だろうネ、ななしちゃんだもんネ」と言われた。言い返せないのがちょっと悔しい。

「大丈夫。ボク傘持ってるかラ」
「夏目くんすごーい!」
「もっと言ってくれていいヨ…♪」

夏目くんはドヤ顔でリュックから折り畳み傘を出すと、わたしに持たせて靴を履き替えた。
広げてみると折り畳み傘にしては大きめで、ふたりで入ってもそんなに濡れずに済みそうだ。

「ねえ、でももう少し待とうよ」
「いいけド…早くしないとななしの好きなドラマの再放送始まっちゃうヨ」
「すぐ帰ろう!今日は神戸さんのシーズンなんだよ!」

それはいけない!夏目くん、走って帰るよっ!
走ったせいで結局足元はびちょびちょだし、ママは傘を持ってるのに息を切らして帰ってきた娘たちを訝しげに見ながらタオルをくれた。

「ななしちゃんだけじゃなくてしっかりものの夏目くんもいたのに…?」

かわいそうな夏目くんは傘を持っていたのに理不尽に走らされ、ママからもちょっと不審がられてしまった。
ごめんね夏目くん。でもおかげでドラマは間に合いました。
あとママ、ななしちゃんも少しはしっかりしてるよ!



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