「ななしやま〜」

職員室に日誌を出した帰り、一人廊下を歩いていると名前を呼ばれた。あれ。誰ともすれ違わなかったけどな?
不思議に思って周りを見回す。

「こっちこっち」

声のする方に顔を向けると、窓の外から手を振るクラスメイトの姿があった。
ユニフォームを着ているあたり、部活中のようだ。
汗でぺったりと前髪が額にくっついている。校舎の中ですらこんなに暑いのだ。外の暑さは尋常じゃないだろう。

「あ、山田くん。おつかれさまー。部活?」
「そー、サッカー部」
「へえ、知らなかった。あーでもなんか、ぽいね」
「だろ〜?爽やかな感じが…」
「うん、なんか軽そうな感じが」
「やだこの子急に毒吐くじゃん……。あれ?逆先は?」
「夏目くん?教室にいると思うけど。わたしたち日直だから黒板綺麗にするの頼んできた」
「お前ひとりでうろつくなよな。またこないだみたいなことになったらどうすんだよ」
「怖いこと言わないでよ…あんなのそうそうあったらたまらないんですけど?!」

珍しく声をかけてきたかと思えばなんてことを言うんだ…。
ゾッとして自分を抱き締めると、ごめんごめんと笑う山田くん。やっぱり軽すぎる。

「いやでもほんとに。さすがに逆先があれだけ言えばよっぽどだと思うけどさ、気を付けとけよ」
「夏目くんモテるからなあ…」
「な。あんなことあってもまだ玉砕しにいく女子いるんだぜ。すごいよなあ」

夏目くんも鬼ではない。何もしていない相手にまでつらい態度とることはないし、相変わらず女の子たちにも優しいので好きになっちゃうんだろうな。
とは言え、あんな風に言われることは普通ならないだろうけど……まあ見ちゃってるとなかなか踏み切れないよね。
それでも告白するなんてチャレンジャーなのか、どうしても夏目くんが好きなのか。なんにせよすごい。

「ひゃ〜、さすが夏目くん…すごいなあ…」
「なんだ余裕じゃん」
「余裕て」
「本妻の余裕〜!ま、あんだけ愛されてれば不安にもならないよな。浮気とかしなさそうだし」
「だから付き合ってないって言ってるのに」
「それあんまり言うなよ?ワンチャン!つって本気にするやついるからさ」

本気もなにも、まじで付き合ってないんですが?
どう返答するか悩んでいると、突然山田くんが顔を青くしてわたしを見ていた。
え、さすがに失礼では?
ん?あれ、違うな。ちょっとずれてる?
おかしく思って振り返ると、いつ来たのかむっとした表情の夏目くんが立っていた。

「うわ、びっくりした」
「全然戻ってこないから探したヨ」
「怖いから無言で後ろに立たないでよ」
「今来たんだヨ」

ひとりで寂しかったらしい夏目くんはため息を吐くと肩に顎を乗せて覗き込んできた。ぐいぐいと体重をかけられて地味に重たい。

「夏目くんおーもーたーいー、うわっ、ほんとに重い!なになになに、そんなに寂しかったの?山田くんとお話ししてたんだ。ごめんね」
「ふーン…それで遅くなってたんダ。ボク待ってたのニ。なに話してたノ?」
「夏目くんとは別に付き合ってないよーってはなし」
「へー」
「ばっ、おまっ!違うから!逆先!そういうんじゃないから!こいつがバカみたいに無防備にブラブラしてるから気を付けろって話してただけで!ほんとだから!あと危ないのは俺じゃなくて隣のクラスの高橋です!」
「なんか流れるように友達売ってる…」
「うるさい俺はまだ死にたくないし彼女もほしいし元気でいたいんだよ…!」
「なにそれ?」

山田くんは大慌てで弁解する。夏目くんの顔は見られないけど、嫌に冷たい声で「そウ」と言った。機嫌が悪いなー。

「高橋には俺から言っておくから…、よーーーーーく言っておくから!」
「それじゃあ頼もうかナ」
「あざっす!……はー…俺もう部活戻るわ…」
「ありがとう山田くん…♪君のことは見逃してあげよウ」
「逆先〜!神!じゃ!ななしやまもまじでふらふらしてんなよ!」
「え、あ、はい」

山田くんは90度のお辞儀をすると風のように去っていった。さすがサッカー部、足が早い…。

「さテ、ななしちゃん」
「ん?」
「君はもうちょっと危機感を持とうネ」
「いひゃいれすなひゅめきゅん」
「痛くしてるんだヨ」
「もうっ!」

ちょっぴりお怒りの夏目くんはわたしのほっぺたをびよーんと伸ばして笑っている。
痛くしてるっていいながらも優しくしてくれてるの分かっちゃうんだよなあ。

「ごめんネ。でも本当の話だヨ。まあボクにも責任はあるんだけド…ななしちゃんのことを大好きなのはやめられないからネ」
「…いいよ別に。それで夏目くんが申し訳なく思っていなくなっちゃうほうがやだし。せっかくまた会えたのに」
「……うン。ありがとうななしちゃん」
「よしっ!帰ろ!あっ、そういえばママが夏目くんに会いたいって言ってたよ」
「ボクも会いたいけド…先週行ったばっかりだヨ」
「昔は毎日来てたじゃん。今日夏目くんのママたちお仕事?」
「うン」
「じゃあうちにおいでよ!ママも喜ぶし」
「いいのかナ?ボクは嬉しいけド」
「大丈夫!ママも夏目くん大好きだから!」
「…ななしちゃんモ?」
「あはは何それ、あたりまえじゃん」
「ありがト…」

夏目くんはてれてれしがらはにかんでわたしの心臓は見事に死にました。
イケメンスマイル心臓にわるい。


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