転校から1ヶ月、夏目くんは早々にとんでもない有名人になってしまった。
隣のクラスは疎か、他の学年からも見に来る人たちがも〜〜〜〜〜後を絶たない。無限に現れる。
猫のような金色の瞳、どんな女の子でも勝てないような美しさ、甘い声。それに優しくて人当たりもいいのでクラスの子たちともすっかり馴染んでいた。
わかるわかる、当たり前だよねー!夏目くんかっこいいもんね!素敵だもんね!そんなかっこいい子が同じ学校にいるとなれば見たいに決まっている。
と、見た目が整っているのはもちろん、あの有名な占い師の息子であり夏目くんもまた凄腕の占い師だというのも人目を引くのに一役買っていた。
夏目くんの占いの的中率は尋常じゃないらしく、恋に悩む女の子を始め、密かに好きな子がいる男の子たちも見てもらいに来るのだ。占いの通りにしたら苦手だった教科でいい点がとれたとか、好きな人と付き合えたとか、失くしものが見つかったとか。
本当によく当たるらしくて、なんなら先生たちも時々混ざってる。いやなんでですか。普通先生ってこういうのって取り締まるんじゃないんですか。

そんなわけで休み時間には夏目くんを見たい女の子や、恋の行方を知りたい子たちで溢れてしまうほどで…。初め見たときにはなにこの行列?夢の国のアトラクション?と驚いたものだ。
まあ、それはいい。夏目くんはとーっても素敵な子だということはわたしが一番知っているので、この状況も納得がいく。いくんだけど。

「ねえねえ、あの子?」
「どこ?」
「ほら、真ん中らへんの席の」
「えーやだー」
「でも夏目くんが…」
「くやしい〜っ!」

なんでこうなっちゃうかな〜?!
団子になってヒソヒソと話している先輩たちの視線が痛くてたまらない。
お姉さま方、聞こえてます、もう少し小さい声でお願いできません…?!自分の席に座ってるだけなのになんて拷問……神様、わたし何か悪いことしましたか?

夏目くんが有名になるとともに、当然初日の噂もすぐさま広がっていった。わたしが夏目ちゃんに再び会えてハイになり抱きついたりしたのを見ていた人はかなりの人数いたとは言え、恐ろしいほどの拡散力である。いや結構ド派手にやっちゃった自覚はあるんだけど。
おかげで、夏目くんに抱きついた不埒な女だとか、つきまとってるとか、夏目くんはわたしが好きだとか、二人は結婚の約束をしてるらしいとか。
あながち全部嘘じゃないのが否定しにくくて困る…!
まあ大抵の場合はみんな噂を気にしつつも夏目くんの方に興味があるから、こうやってヒソヒソされるだけで済んでてマシと言えばマシなんだけど…。
たまにすんごいのがくるから油断もできないんだよなあ…。
こないだ下駄箱に入ってた手紙とかやばかったな。冒頭に目を通しただけでもすごかった。あまりの狂気に固まってる間に夏目くんが回収していったから全部は見てないけど。思い出したくてもショッキングすぎて思い出せないくらいすごかった。

げんなりしていると教室に入ってきた子に声をかけられた。
噂をすればなんとやら、可愛いお顔が台無しな鬼のような形相で、その子は周りも気にせずわたしの机を強く叩いた。バン!と鋭い音が響いて、水をうったように静かになる。
こっ、こわ〜?!なに?!よっちゃんなんてブルブル震えて真っ青になっている。

「ねえ、あんたがななしやまななし?夏目くんにつきまとってるんだって?」
「えと、は、はい?何か勘違いして」
「とぼけないで!あんたが夏目くんにわたしの悪口でも言ったんでしょ?!じゃなきゃ夏目くんがわたしのこと振るわけない!」

えーーーー!す、すごい飛躍してる!待って、待ってください。どこから突っ込んだらいいの、悪口?振られるわけない?えっすごい自信だね?!ひとつも話が見えないよー!
混乱して言い返せないでいると、その子はさらにヒートアップしていった。

「夏目くんが、君みたいな性格の悪い子はごめんだよって、そんな、夏目くんがそんなこと言うわけないっ!絶対あんたのせいだ!」
「待って、わたしそんなこと言ってない」
「言い訳する気?あんたのほうがよっぽど性格悪いじゃない!信じられない!このブス!」
「ぶっ、ぶす?!」

可愛いとは自信を持って言えないけどブスはひどくない?!
さすがに言い返そうと口を開いた瞬間、

「ななしちゃんはブスじゃなイ」

怒り爆発で捲し立てていたなんとかさんは、その一言でぴたりと止まった。
教室中の視線が夏目くんに集まったけど、そんなこともお構いなしにわたしのそばまでくると悪意から遮るようにしてわたしを背に隠した。彼女は信じられないものでも見るような目で夏目くんだけをじっと見つめている。

「ななしちゃんはブスなんかじゃなイ。可愛くテ、優しくテ、とても素敵な女の子ダ」

夏目くんは静かに、でも有無を言わせないような強さをもってそう言った。

「君はななしちゃんが悪口を言ったっていうけド、…ボクが君の性格が悪いって言ったのはそういうことじゃなイ。分かってるでショ」

ちらりとわたしを見ると、なぜか耳を塞がれた。
あっうそ待って待って!痛い!これ耳塞ぐとかってレベルじゃない!
よほど聞かせたくないのか、ものすごい力で耳を押し込まれる。

「夏目くん痛いんですけどっ?」
「ーーーーーーー」
「っ!」
「ーーーーーーー」

わたしの主張は無視されたまま、二人の話は進んでいく。
やっと手を離してくれた時には彼女の勢いは完全に削がれていて、ぶつぶつと「だって」「わたしのほうが」「そんな」と繰り返していた。

「もうななしちゃんに関わるのはやめてよ」
「うっ、わああああん」

いつものような歪んだイントネーションではなく、はっきりと夏目くんは言った。それをきっかけに彼女は泣き崩れてしまう。騒ぎを聞き付けた先生がやってきて、ひとまず教室に平穏が戻った。
まあみんな腫れ物を扱うような反応ですけど…。

「ななしちゃん大丈夫?」
「う、うん」
「ごめんネ、怖かったよネ」
「あー…ちょっと?けどほらっ!夏目くんが助けてくれたから平気だったよ!ありがと!」

あんまりにも夏目くんが悲しそうにするからどうにか元気を拾い集めるけど、さっきから膝が笑いっぱなしだ。

「ななしちゃんっ、ごめ、ごめんね!わた、し、全然助けてあげられなくて…!」
「わーっ、なんでよっちゃんが謝るの?あんなの怖くて当たり前だよー!泣かないでよ、ね?」
「でも、でも、わたし友達なのに…っ」
「友達だからこんなに心配してくれるんでしょ?ありがとね」
「ななし゛ぢゃん゛…っ」
「みんなもごめんね?びっくりしたよね。わたしもびっくりした」

あははと笑うと夏目くんがわたしの手をとった。

「ななしちゃん、無理しなくていいかラ」
「あ…」
「足、震えてるヨ」
「………こ、こわかった〜〜〜っ!な、なにあれ?!何がどうなったらあんな風に思えるの?!バグってるとしか思えない!」
「まあまともではないよネ」
「責任転嫁にもほどがある…っ!」
「…絶対、もうこんなことは絶対にさせないヨ。ななしちゃんはボクの大事な子だからネ」
「夏目くん…!」

夏目くんのイケメン発言にクラスの子たちがどよめく。
気持ちが嬉しくて心がゆっくり温かくなっていくのを感じた。夏目くんは…夏目ちゃんは、いつもそうだった。わたしのことそうやって助けてくれてたよね。

「わたし、やっぱり夏目ちゃんのこと大好きでよかった」
「うン、ボクもだヨ」

あっでもこういう怖いのはもうお断りしたいです!ほんとに!



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