夏目ちゃんのいないまま何年も経ってわたしは中学生になった。
真新しい制服は少し大きくて着なれないけど、可愛いデザインで気に入っている。衣替えも終わり、半袖から伸びる腕に日焼け止めが必要になってきた。
くるりと回って横ピース。スカートがふわりと翻った。玄関の鏡に映る自分を見てまた夏目ちゃんを思い出す。夏目ちゃんならこの制服、もっともっと可愛いんだろうな。本当なら一緒に登下校したり、宿題の話をしたり…。

「遅刻するよ」
「わっ、行ってきます!」

センチメンタルなわたしを時間は待ってはくれない。
ママに言われて慌てて家を飛び出した。うちからそんなに遠くないとはいえ、あまりのんびりしている時間もない。ちょっと走らないといけないかも。

夏目ちゃんが突然いなくなってしまったことを思い出しては「一言くらい言ってくれても」とか悲しくなることもあるけど、今ではそれも仕方ないことだと分かっている。
彼女は体の弱い子だったし、両親も信じられないくらい忙しかった。突然引っ越さなくてはならない理由はいくらでもあっただろう。
それに、あんなにわたしを好きでおてくれた夏目ちゃんだからこそ、お別れは言えなかったんだと思う。夏目ちゃんは寂しがり屋さんのやきもちやき屋さんだったから。
いやでもお手紙くらいくれてもいいじゃん…?!
若干拗ねていたわたしはママに夏目ちゃんのことを聞けないままこの歳になってしまったので、連絡ひとつとれていない。たぶんママたちはもともと友達だって言ってたから連絡とってるんだろうけど…。今さら聞けないっていうか…?
言い訳をしながら走っていると学校が見えた。なぜだか女の子たちがそわそわしてざわついている。
前に友達を見つけて話しかけた。

「よっちゃん!おはよう」
「ななしちゃんおはよう」
「みんなどうしたの?入らないの?」
「校門のとこになんかかっこいい子がいるの」
「え〜見たい見たい!」

どうせ通らないと教室にはいけないのだし、ちらりと見るくらいはできるだろう。よっちゃんとふたりで野次馬をしにいって、わたしは固まった。

「なつ、夏目ちゃん…?」

とても小さな声だっただろうに、夏目ちゃんはしっかり拾い上げてわたしを見つけてくれた。大好きだった金色の瞳と目が合って思わず飛び込んだ。

「やァ、ななしちゃん…久しぶりだネ」
「夏目ちゃん!うそーっ!ほんとに?わたしずっと会いたかったんだから!」

夏目ちゃんは勢いよく飛び付いたわたしをしっかりと受け止めてくれた。へにゃりと笑う顔はあの頃と変わらないし、相変わらず細くて折れそうな体にはっとした。

「あ!ごめんね急に抱きついて…?!体はもう大丈夫?まだどこかよくないっ?」
「ふフ、もう大丈夫だヨ。ななしちゃんが変わらないみたいでよかった」
「夏目ちゃんも!わたし夏目ちゃんが同じ学校だったなんて知らなかった!」
「実は今日からなんダ」
「そうだったんだ…嬉しいなあ…!ねえまたたくさん遊ぼうね」

ハイテンションのまま夏目ちゃんの手を握ってその場で跳び跳ねるわたしに、よっちゃんが恐る恐る声をかけた。

「あの、ななしちゃん…?」
「あっごめんね!この子は夏目ちゃん!隣の家に住んでたんだけど、昔引っ越しちゃって…わたしの一番大好きな子なんだ」
「えっ?大好き…?!ななしちゃんと彼ってやっぱりそういう…」

きゃー!とはしゃぐよっちゃんと、ぎゃー!と周りから聞こえる悲鳴に首をかしげた。
ん?彼?

「そうなんダ。ボクたち一番仲がいいんだヨ」
「よっちゃん夏目ちゃんは…」

訂正しようとすると予鈴が鳴ってしまい、惜しみながら夏目ちゃんの手を離す。まだまだ話したいことはたくさんあったのにな。

「あっ急がないと!夏目ちゃんまたね!同じクラスになれるといいねー!」
「またネ、ななしちゃん…♪」

今度はよっちゃんの手を引いて走り出す。よっちゃんはあまり足が早くないから急ぐときはこのほうが早いからだ。
慌ただしく教室に入ると先生はまだ来ていなかった。

「よかった。先生まだ来てないね」
「う、うん」

息の整わないよっちゃんはなんとか自分の席に辿り着くと、へろへろと座り込んでしまった。ちょっと急がせ過ぎてしまったみたいだ。

「ごめんね、ちょっと無理させちゃったね」

返事もできないよっちゃんは首を振ると弱々しく笑った。実はこういうところが昔の夏目ちゃんみたいで放っておけなかったりする。背中を擦ってあげると少し楽になってきたのかようやく上体を起こした。

「あの、ななしちゃん。さっきの子なんだけど」
「夏目ちゃん?可愛いでしょ!とっても素敵な子なんだよ」
「う、うん。やっぱりふたりって…?」
「そう!大好きな子なんだ」

よっちゃんは赤い顔をさらにぽっと赤くして息を飲んだ。

「ななしちゃんにそんな子がいたなんて知らなかった〜!もう!教えてくれたらよかったのに!」
「だってもう何年も会ってなかったし」
「でもずっと好きだったんでしょ?」
「それはそうだけど…」
「素敵!」

わたしは夏目ちゃんを褒められてにこにこしてしまう。そうなの、素敵なの。あんなに可愛い子他にいないと思わない?ね?思うでしょ?

「また会えて本当に嬉しいんだ。最後、お別れもできなかったから」
「ななしちゃん…」

よっちゃんはまだ何か言いたそうにしてたけど、先生が来てしまったので慌てて自分の席につく。

「今日からこのクラスに転校生がきまーす」
「やった!女子?!」
「かわいい?」
「ざんねーん、はいはい、みんな席につく!」

転校生と聞いてわくわくしたけど女の子じゃないなら夏目ちゃんは別のクラスなんだ。残念。

「入ってきていいよ」

がっかりしているとドアが開いて…入ってきたのは夏目ちゃんだった。どういう、こと?
混乱のまま思考を巡らせる。色々な違和感が今になって急にまとわりついてきてうまく考えがまとまらない。

「逆先夏目でス。よろしくネ」
「逆先くんは昔この辺りに住んでたそうだから、もしかしたら知ってる子もいるかもね。席はあそこに用意してあるから」
「はイ」

夏目ちゃんは先生に指示された席へ向かっていく。
と、わたしに気付いて足を止めた。

「ななしちゃん、同じクラスになれたネ」
「夏目ちゃん…」

嬉しいのに言葉が続かない。
離れている間に夏目ちゃんはボクっ子になってしまったのかとも思った。でも…よっちゃんは最初なんて言ったっけ?
校門のとこにかっこいい子がいるって言わなかった?そわそわしてるのは女の子たちじゃなかった?
夏目ちゃんに会えたことでいろんなことがすっとんでいたけど、なんだか夏目ちゃんの声は女の子にしては低くて。
それに。

「男の子の制服…」
「うン。ボクは男の子だからネ」
「おと…え?!夏目ちゃんて男の子だったの?!」
「ひどいナ、結婚まで約束したのニ。女の子同士は結婚できないって言ってたのはななしちゃんでショ?」
「っ?!」
「結婚?!」
「ななしどういうこと?!」
「イケメンには最初から相手がいる…!」
「ななしやま嘘だろ」
「イケメン滅べ!」

大好きな夏目ちゃんと再開できたのにでももうそれはわたしの夏目ちゃんではなくて…夏目くんだった。

「ななしちゃん、ずっと一緒にいてくれるって言ったよネ」

夏目ちゃんもとい夏目くんはそれはもうとてもいい笑顔でわたしの手を握った。
阿鼻叫喚の教室が落ち着くのも、ショートしたわたしが回復するのもだいぶ時間がかかりそうだ。


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