ママの昔からのお友達だというその人がやってきたのは、よく晴れた日のこと。
その女の人に手を引かれ我が家の玄関に立っていたのはくまのぬいぐるみが似合うようなそれはそれは可愛い女の子だった。
可愛らしい洋服に包まれた華奢な体、うるうると輝く大きな瞳、鈴を転がすような声、つやつやの髪の毛は三つ編みのわっか。可愛いをたくさん詰め込んだシュガー&スパイス。
あまりの可愛さにうちの玄関ですらどこかの素敵なところかとすら思えるんですけど…?!
呆然としているわたしにママのお友達が屈み、目線を合わせて話しかけてくれる。

「こんにちは。うちの夏目と同じ歳だったかしら?」
「そうよ。ほらななし、ご挨拶できるよね?ママのお友達だよ」
「こ、こんにちは。ななしです」
「そう、ななしちゃん。わたしたち隣に引っ越してきたの。この子は夏目っていうのよ、仲良くしてあげてね」
「よろしくね!」
「かわいい…」

溜め息とともに思わずこぼしたわたしをその子はじっと見つめてにっこり笑った。

「なつめちゃんってよんでね!」

そう言うと夏目ちゃんはくるりと回って横ピース。誰がどこからどう見ても100点をあげたくなるような美少女だった。
わたしは一目で夏目ちゃんが大好きになってしまった。彼女の手をとって庭へ向かおうとするとママに止められてしまう。

「わたしななし!なつめちゃん、お外であそぼ」
「こらななし。夏目ちゃんはあんまり体が強くないからおうちの中にしなさい」
「えー!だめなの?」
「マミィだめ?」
「少しなら平気よ。だいぶ元気になってきてるから」

夏目ちゃんは明るい性格に反して体が弱いせいで外で遊ぶことができなかったらしく、今までほとんど友達がいなかったらしい。わたしはショックを受けた。
健康が取り柄のわたしは毎日外へ出掛け、駆け回り、怪我をして帰ってきていたからだ。夏目ちゃんはこんなに楽しいことをできないってこと?
そもそもこんなに可愛い子をみんな見られないなんて…!
そんなのって、そんなのって…!
これからはわたしが楽しいことをたくさん教えてあげよう。いろんなところに連れていってあげよう。お友達もたくさん紹介してあげよう。


そうして衝撃のまま終わった出会いからわたしたちは毎日一緒に遊んだ。
夏目ちゃんのおうちはお父さんは世界を飛び回っているしお母さんはテレビやなんやと引っ張りだこでほとんど我が家に住んでいると言っていい状態で、おはようからおやすみまで片時も離れないほど一緒にいることは珍しくもなくなった。
だからわたしは知っていた。おままごと、着せかえ人形にお絵かき、アイロンビーズ、お歌。なんでも上手な夏目ちゃんが毎日寂しそうにしていることを。
当然と言えば当然だ。どこか大人びた彼女は不思議な子だったけど、夏目ちゃんだってまだ幼く、親の愛を強く求める年齢だ。夏目ちゃんはいつだって大好きなお母さんの話をしてくれていた。
なのに夏目ちゃんはお母さんやお父さんと会えずわたしの家にいる。パパとママと一緒に暮らすわたしの家にいる。どんなにわたしが夏目ちゃんを大好きで家族のように思っていても夏目ちゃんもそうだとは限らない。
帰っても夏目ちゃんのおうちには誰もいない。それを見て夏目ちゃんは何を思うんだろう。
どんな気持ちでわたしといるんだろう。考えるほどに苦しくなっていく。

夏目ちゃんの気持ちが分からなくて、鼻がツンとして目頭が熱くなる。わたしは友達なのに、夏目ちゃんがこんな時どう思っているのか分からない。
ふと、横目で見て後悔した。ドールハウスを見つめる夏目ちゃんがまた悲しそうな顔をしているから。今も何日もお母さんたちと時間が合わず会えていないのを思い出す。夏目ちゃんが寝てから帰ってくるのだと言っていた。
わたしは胸がしめつけられた。我慢できなかった涙がぼろぼろ落ちていく。
当然夏目ちゃんはびっくりしていた。遊んでたら急に泣き出すとか、普通に驚くに決まってる。

「えっ!ななしちゃんなんでないてるの」
「な、なつめちゃん…」
「なつめみたいに笑ってよ、ほら」
「だって…なつめちゃん、さみしそうなんだもん」
「あ…なつめ、じょうずに笑えてなかった?」
「わたしがいっしょに、いるからっ!」

隠し事がバレて困ったみたいに笑う夏目ちゃんが愛しくて、かなしくて、叫ぶみたいに吐き出した。絶対にこの子に寂しい思いなんてさせない。そんな気持ちにならないくらいずっと一緒にいて、大好きだよっていつでも伝える。わたしが夏目ちゃんを守る。
だから夏目ちゃん、泣かないで。

「ありがとうななしちゃん。ななしちゃんだいすき!」
「わたしもなつめちゃんがだいすきだよ」
「ほんと?じゃあなつめとけっこんしてくれる?」
「けっ、こんはどうかな…?」
「あ!ななしちゃんうそつくの?なつめとずっと一緒にいるって言ったのにっ」

言い淀むと、ほっぺたを膨らませて睨まれる。わたしはとっても慌てた。おかげで涙はぴったりと止まっている。

「ちっ、ちがう!うそじゃないけど…、女の子どうしはけっこんできないもん。ママが言ってたよ」
「女の子どうしじゃなかったらいいの?」
「そうだよ」
「ふーん、そっか。じゃあだいじょうぶ。なつめとけっこんしようね、ぜったい!」
「えっと〜」

夏目ちゃんは分かっていないみたいで、「うわきは許さない」「ぜったいなつめとけっこんするんだよ」「なつめのこと大好きだよね?」と繰り返した。
困り果てたわたしは仕方なく

「わかった、なつめちゃんとけっこんする」

と返したのだ。

「げんちとったからね!」
「げんち?でんち?」
「げんち!」

あとになれば、どう考えても言いくるめられている。夏目ちゃんは賢くてわたしは一度も自分の意見を押し通せたことがなかったのをすっかり忘れ、にこにこ笑う天使が満足したのならまあいいかと思ったのだ。


それからのわたしたちはもっとべったりになって、他の子と遊ぼうものなら「なつめとも遊んで」「ぜったいなつめといて!」とどこにでもくっついてくるようになった。
大人もわたしたちが一緒にいると嬉しそうにしていたし、時々お休みがとれた夏目ちゃんのお母さんとママは「夏目ちゃん、ななしと結婚したいんだって」「いいじゃない!」と盛り上がっていた。
遠くからでも夏目ちゃんはわたしを見つけたし、体が強くないのに一生懸命走ってきてわたしを抱きしめてくれた。
その姿はコガモのようで満更ではない。大好きな夏目ちゃんがわたしのことを大好きでいてくれるのだから。
おかげで夏目ちゃんにも友達…友達…?ができたように思う。でも夏目ちゃんは男の子が嫌いみたいで、どんなに誘われても絶対に応じなかった。
天使のような夏目ちゃんを好きな男の子はたくさんいたけど、いつもすげなくされている。
わかるよきみたち。夏目ちゃんはこんなにも可愛いからね。一緒に遊びたいよね。

「ななし、ドッジしようぜ!…あー、夏目も」
「いや。しない。ななしちゃんも行かないで!」
「夏目ちゃん、ドッジボールたのしいよ?」

照れながら必死に誘ってくれただろうに、夏目ちゃんはつれなかった。見向きもせずわたしの腕に抱きついていやだと首を振る。
この子は他の男の子と違って意地悪をしない優しい子だったし、夏目ちゃんとも仲良くなれるだろう。
かわいそうになって援護をすると、信じられないと言った顔で睨まれた。

「ななしちゃん、夏目よりその子がいいの?」
「違うけど…」
「じゃあ夏目とあっちでお話しして。お願いななしちゃん」
「う…わかった、わかったから。ごめんね、また今度しよ?」
「……あ、うん」
「もういこ?」
「ほんとにごめんねー!」

見た目にそぐわないほどの力で引きずられながら謝ると、男の子は手を振ってくれた。
公園のベンチはちょうど日陰になっていて過ごしやすい。並んで座るとまだ機嫌の直っていない夏目ちゃんが口を尖らせて言う。

「ななしちゃん、なんで男の子と遊ぶの?」
「なんで…?おともだちだからかなあ」
「でも好きなのは夏目でしょ」
「え?うん。夏目ちゃんのことは大好きだよ」
「うれしい!ななしちゃんは夏目のななしちゃんなんだからね」
「も〜、分かってるよ、わたちたち結婚するんだもんね」

あまりにしつこく言われているのでふざけて言うと、ゾッとするほど綺麗な笑顔で見つめられた。ときどき、夏目ちゃんは子供らしからぬ表情をする。それはわたしが男の子と話しているときだったり、一人で遊びに行こうとするときだったり。
握られた手が信じられないほどあつくてどきっとした。

「そう。ななしちゃんは夏目と結婚するんだよ、ぜったい」

だから夏目のこと、忘れないでね。
抱き締められて顔が見えなかったけどいつものように笑っているんだろうと、愚かなわたしは思っていた。

その次の日、隣の家はからっぽになった。



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