大きくとられた窓から入り込むたっぷりの光を踏みしめながら、広いお屋敷の廊下を1人歩いていく。深い色の絨毯は一歩ごとに柔らかく足音を消していった。
まさに単語の通りに勝手知ったる他人の家で、父と別れ、おじさまの部屋から応接室へ戻るのも慣れたものだ。

「おや、ななしさん。いらしていたのですね。こんにちは」
「あ、司くん…お邪魔してます」
「今日はどうなさったのですか?」
「父の用事でついてきたんです。今おじさまにご挨拶をしてきたところで…、ええと、司くんは今日はお休みなんですか?」
「はい。明日は大事なLiveがありますので、今日は休息をとお姉さまが仰いまして」

ふと庭で遊んだ記憶が甦って立ち止まっていたら、曲がり角から顔を見せたのは久しく会っていなかった彼だった。
お姉さま。司くんの口からその言葉が頻繁に出るようになったのは、いつだっただろうか。
彼とは家の事情で小さな頃から親しくしてもらっているが、朱桜のご子息の司くんはその家柄と本人の潔白さから、同年代とはどうしてもずれがあり浮いてしまっていた。
しかし夢ノ咲に入学してからはまわりも随分特殊なようで楽しそうにしている。今までのような上辺だけの社交界の付き合いではない「お友達」がきちんとできたようなのだ。
そして、尊敬する先輩方のもとで日々アイドルとして成長をしている。それを支えているのがその「お姉さま」。
わたしは会ったことはないけれど、きっと素敵な人なのだろう。

「そのお姉さま、は…とてもみなさんのことをよく考えているんですね」
「はい、とても助けられていますよ。ななしさんにも一度会っていただきたいくらいです」
「素敵です。いつか機会があればいいんですけど」
「本当ですか?ご都合が合いそうな時にでもぜひ」

柔らかく笑う彼を見て、ぐっと胸が熱くなる。本当にいい人たちに巡りあい、楽しく過ごしているようだ。
嬉しくてつい口元が弛んでしまう。

「ふふ」
「どうしました?」
「あ…いえ、ごめんなさい。変わられたなと思いまして」
「…私が、ですか?」
「はい。失礼ですけど、前の司くんは少し近付きにくい、神聖なものかなにかのようでした。背筋をピッと伸ばして、わたしたちとは違った世界を歩いているような…」
「それは買い被りすぎですよ」
「いえ、本当にそうだったんです。でも今は少し近くにいるような気がします。お姉さまのおかげでしょうか?感謝しないといけませんね」
「…ななしさんは、その、私がお姉さまと仲良くしても何も思われませんか?」
「ええと、何も、と言いますと?」
「あの…例えば、Jealousy…ですとか」
「え?」

司くんは俯き加減で小さくこぼす。ジェラシー…、つまり、嫉妬。司くんが、嫉妬?

「私たちはその、幼い頃から親しくしてきたと思います。他の、誰よりも」
「そうですね、家同士の事情もありますからなかなか気軽に交友を深めるのも難しいですから」
「そうではなくてですね…!恥ずかしながらななしさんも、その、」

司くんはそう区切ったきり黙り混み、完全に視線を落としてしまった。首をかしげるしかないわたしも、やはり黙って彼を見つめる。
ただでさえ静かな空間が静寂に包まれた。それに堪えきれなかったのか、意を決したのか、司くんは勢いよく顔をあげるとわたしの両手を掴んだ。

「わっ」
「ですから」
「は、はい?」
「私がお姉さまと…ほ、他のLadyと親しくしても、何も思われませんか…?」

潤んだ瞳が訴えかけてきた。私の気持ちに気付いてくれと。
途端に体が熱くなる。

「あ、あの、それって」
「はい。家は関係なく、私は私の意思でななしさんとお付き合いをしてきたつもりです」

そしてこれからも、そばにいてほしいと思っています。
たしかに司くんはそう言った。それを理解すると体は更に熱くなっていく。

「わたしでは、ふ、不釣り合いでは…?」
「そんなこと!貴女はとても魅力に溢れた方です。私がいつだって近くにいたいと思ったのは貴女です!ですから、どうか私の側に」
「…はい」

そこでようやく司くんの手を握り返せた。
どうやらお姉さまは、恋のキューピッドでもあったようだ。



(かさくんおたおめ!)

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