身体中の血液が冷えて、凍ってしまうんじゃないかと思った。いっそ、凍ってしまいたいとすら思った。わたしはどうして、いつもこうなんだろう。
昔から何をやっても大事なところで躓いてしまう。考えが甘くて、詰めが甘くて、自分に甘くて。
今日だってそう。
先に転入していたあんずちゃんの手を離れて初めて一人で企画したライブだったのに直前で発注ミスに気付いた。ライブの後半で降らせるはずだった花の数が一桁足りなかった。みんなに手伝ってもらってかき集めて、事なきを得たものの、瀬名先輩にはもちろんこってり怒られた。

「ごめんなさい」

それしか言えないわたしを励ますように背を撫でたあんずちゃんの手のひらの温度がまだ背中に残っていて、勝手に責められている気分になった。
撤収したあとどうにかいつも通りの顔をしてみんなを見送って、情けなさから校舎の隅で膝を抱えて丸くなっていたらいつの間にか夜になってしまった。泣きすぎたのか瞼が重たい。

「なに、やってんだろ」

自分で思っていたよりずっと沈んだ声が出た。
こんなところでこうしていたって、何も変わらない。次は同じミスをしないように反省して新しい企画を作らなきゃ。そう言い聞かせて立ち上がると、かすかにピアノの音が聞こえてきた。
こんな時間に学校に残っているのはきっと彼らくらいのものだ。そして、こんな時にピアノを弾いているのは、おそらく。
ほとんど確信に近いものを感じながら階段を昇っていく。だんだんと近くなる音が耳に心地好い。
扉の前まできておいて、気まずさとこの音を止めたくない気持ちから扉に手をかけらなれなくてそのまま背を預けて座り込んだ。

「いるんでしょ、入ってきたら」

ここにいるのがわたしだと、はっきり分かっているような口ぶりでそう言う。
渋々中へ入っていくと月明かりを背に凛月がピアノの前に座っていた。その様子は怪しく、それでいて幻想的で彼の雰囲気とぴったり合わさっている。
何も言わないのを気にすることなく凛月は続ける。

「今日は災難だったねえ…。ま、でもななしらしいかも?」
「ごめん、大事なライブだったのに」
「なんで俺に謝るの?今日のライブは、『ななしにとって大事なライブ』でしょ。俺たちはそれに出ただけ」
「でも…」
「まあセッちゃんは口では怒ってたけど。あれでも心配してたよ、やる気なくなっちゃうんじゃないかって」

せっかくプロデューサーらしくなってきたのに、あいつ、やる気なくさないといいけどぉ。
凛月は瀬名先輩の口調を真似て言う。それがおかしくて、少しだけ笑った。

「そうそう、やっぱりななしはそうじゃないと」
「凛月…」
「ス〜ちゃんなんて、自分のことじゃないのに青ざめちゃってさあ?」
「司くんは、優しいから…悪いことしちゃったな」
「別に、俺たちはいいんだって。さっきも言ったでしょ。あれは、ななしにとって、大事なものだったんじゃないの?」

返事を出来なくて黙り込むと、音もなくすり寄ってきた凛月に頭を撫でられる。

「ななし、ず〜っと謝ってばっかだったけど。ほんとは悔しかったんだよね。初めてあんずの手を借りないで自分で用意したのにさ」

どうして凛月はいつもわたしの気持ちが分かるんだろう。
そう、わたしは、悔しかったんだ。あんずちゃんのことは大好きだけど、わたしだって同じプロデューサーのたまご。彼らを絶対輝かせるんだって寝る間も惜しんでレッスンスケジュールを組んで、コンセプトを決めて、スポンサーの人たちと打ち合わせをするための資料を作った。衣装だってこのライブに合わせてなんとか作り上げたし、あと少しだったのに。その少しで、彼らのステージを台無しにするところだった。

「悔しい…あんずちゃんには、できることがどうしてわたしにはできないんだろう…!」
「あのさぁ、あんずだってミスすることくらいあるよ。最初のころなんて行き当たりばったりで、セッちゃんがすご〜い機嫌悪かったんだから」
「あんずちゃんが?」
「誰でも最初はそういうものじゃないの?次からまた頑張ればいいじゃん」

弾かれたように顔をあげると、月の優しい光を背負った凛月と目が合った。
だんだん目の前がぼやけて、何も考えられなくなっていく。言いたいことがぐちゃぐちゃになってわけも分からず飛び付いた。

「凛月っ」
「今日だけだよ、俺はお世話される側なんだから。こういうのはま〜くんの役目なのにさあ?」

口では嫌そうなくせに、相変わらず手だけは優しい。

「凛月、優しい」
「俺がこうしてあげるのはななしくらいなんだけどねぇ…あはは、変な顔」
「はなひてよ、りちゅ」
「ん〜、もう少しこのまま」

誤魔化すように頬をつねりながらそう言った彼の気持ちを、もう少しだけ知らないふりをしてもいいだろうか。きっと凛月は気付いているだろうけど…、認めたらわたしばかりが負けてしまうだろうから。



(再び凛月沼へ落ちた姉へ)

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