私はいつも通り好きな人のクラスへ遊びに行った。
あるなんの変哲もなかった日のこと。

その教室に足を踏み入れた途端、瞼がひきつった。
見知った男子と女子がイチャイチャと楽しげに話している場所に遭遇した為だ。
情報によると幼馴染みの良い仲らしい。一時付き合っていたという噂も。

「見せつけてくれるねぇ…」

基本、他人のラブラブシーンを見るのが嫌いな私はその場を避けて通りたかった。
だが、眼と鼻の先の出来事。しかも私のお目当てはそのわずか先。
自然と眉間に皺が寄るのを感じながら、そろそろと横を通り知り合いの席にストンと座った。
ほっと息をついて側に寄ってきた友人とわいわいおしゃべりを楽しんだ。
それで時間は過ぎて終わるはずだった。
目があったのは偶然。
ふっと視線をやるとぱっちり目があっちゃったのだ。
イチャイチャしてた、あいつと。
慌てて逸らそうとしたときにはもう、遅かったのだ。
だってもうあいつは口を開いていたんだから。

「よお」

完璧に視線はこっちを向いている。ばっちり目が合ってる。
返事しなきゃならないのは私なのね?私なのだね?

「よ、よー…」

良い仲の女の子との話は終わったらしく、お相手さんは友達らしき人と戯れている。
次のお相手は、私って事なのか。私が座ってる知り合いの席の斜め前に席を移したあいつ。
完全に話す気満々だ。
私が話したいのは君じゃなくて私のすぐ隣の席に座っている、あの人なのに。
さっきまで喋っていた友人がニヤッと笑ってそそくさと遠のいて行った時、ひどく勘違いされていることに気がついたのだが時既に遅しというやつだ。
あいつはお構いなしに話し出していた

「お前最近よくこっちに来るよな」

寂しい奴、とからかわれる。無性にむかつく。

「友達少ないもんでね」

ふんっと軽くあしらってやると、さっきあいつがイチャイチャしてた事を思い出し、ニヤつきながら続けて言ってやった。

「そっちはあの子とラブラブしてるよなー」

あいつが慌てふためく姿を想像してたのに勝ち誇ったように笑うから、私は一瞬呆然として、はてな、と考えた。
そして俺様的に笑うあいつが私に向かって言ったのだ。

「羨ましいのか?」

カーッと体温が上がり、あの人の前で何を言うかっ、と言いかけたのを必死でこらえ、いらつきとその場を立ち去りたい気持ちでモジモジしながら

「んなわけあるか、バカ」

と小さく言った。
そんな私をやつは堪え気味に笑うから、少しばかりしょげて伏せ気味にあの人を見てみたけど。
別に気にした風もなく。なぜか少し、泣きたくなった。

「俺とあれは友達以上恋人未満なんだよ」

頬杖をつきながら、やつが言った。
…こいつ、恋愛小説でも読んでるのかな。
そう心の中で呟いてしまったのは秘密。
でも、呆れて目を細めた私の表情の変化を見逃さず

「男と女はその関係が一番だかんな」

と、なんだか優しげな目をして言うもんだから、ちょっとだけ羨ましいな、って思ったり思わなかったり。
そんなときに、またあいつが“羨ましいだろ”なんて言うから。
曖昧に笑って目を逸らすことしか出来無かった。

「なんなら、お前もなってみる?友達以上恋人未満 」

チャイムが、鳴った。
急いで立ち上がってあいつを見た。
優しくない楽しんでるような目。横を小走りに通り過ぎて教室を出る一歩手前。振り返った時、目があった。
細く光る黒い瞳。私が想う、あの人と。
一瞬で全身の血が泡立った気がした。すぐにお互い目を逸らしたけど。その一瞬のおかげで私は言うことが出来た。

「お前なんか、知り合いで十分だもんね」

あいつが妖しげに、それでいてつまらなそうに笑った。
ぱたぱたと廊下に響く足音。高鳴ってる胸と熱い顔。
俺様的なあいつとの時間には変に心臓を揺さぶられたけど、静かなあの人とのほんの一瞬はとても、熱かった。

中途半端な感情なんて要らない。中途半端な立場なんて欲しくない。
朧気ないろも、曖昧なおとも、不確かなものはイヤ。
私は、あの人を想うひとつだけのあつい、あつい恋がいい。


ファイントラブ

(シュガーのように甘いでしょ)