「タマゴ、いりますか」

鶉の卵よりもう一回り小さいものを差し出したのは薄汚い女だった。
髪はぼさぼさで肌は茶色。目は間違いなく黒かったのだが、なぜかミドリに見えて仕方なかった。
受け取った卵は躊躇いなく茹でて腹に収めた。
それを見届けた女はふらりと消えた。
その日から日光浴をするようになった
臭いの籠もった、テントと言えなくもない見窄らしい“家”を抜け出し、公園の隅にあるベンチに寝そべってただ日を浴び続けた。
そうすると喉が、渇いた。公共のトイレに駆け込んで水道水を飲んだ。
不味かった。だが気にせず飲んだ。喉が、無性に渇いていた。
皮膚に飛び散った水滴すら吸収しよう程に、喉が渇いた。
日を浴び、水を吸収する習慣がついた。それは生きているうちで絶対必要なものなのだ。成長を、止めるわけにはいかないのだ。私は、育てなければならないのだ。
それは、狂気と共にやってきた。使命だった。
私は、選ばれたと思った。
男は13日後、失血死。致命傷など無かった。
薄汚れ、髪はぼさぼさ。肌は茶色く焼け、ミドリの…焦げ茶色の目。
手のひらに卵白のような、もう少し粘着質のものが付着していた。
ただ、それだけの薄汚れたホームレスの男だった。

男が変死を遂げる前夜、事は起こっていた。
ズルリ、ズルリと体内で何かが這っている。
声も上げられぬ程の激痛が襲って、ただその男はのたうちまわった。
ストローでゼリーを吸い出すような血の肉と骨の蠢く感覚が己の体で感じられた。
手首に見えていたはずの血管は消え日光浴のおかげで焼けた肌は、汚れもプラスされて赤黒かった筈なのに、青白く月に照らされていた。
痛みによりビクビクと痙攣を起こす体は、午前1:00
干涸らびた。
月明かりに細長く伸びた影はひとつ、横たわり血と一体化。ふたつ、その様を頬笑みを浮かべて。みっつ、血と影から土へと孵り。
私は、使命を全うしたのだと思った。

公園の植木に一本のミドリ色の樹が成った。
秋には血のような褐色の葉をつけ、冬には骨のような白色の幹になり。
そして春に、

「タマゴ、いりますか?」

鶉の卵より一回り小さい、白い殻の被った肉塊のようなものを差し出したのは、薄汚いホームレスのような男だった。
私はそれを、何の躊躇いもなく丸呑みにした。


神のデューティー

(神の声がきこえた)