静かに呟かれるカウント。
少し離れて耳だけを傾けた。目を伏せて、じっと。
カウントの合間に、あまり喋らないあの人がぽつりぽつりと言葉を発して、楽しそうに笑っているのが見たかったけど、同時に見たくなかった。

「なんだろう・・これ」

不慣れな感情に戸惑う私。滅多に聴けないあの人の声。
聴けて、満足…すると思ったのだが。少し、苦しいかもしれない。

「見たいのにな…」

見たいと思うのは私。見たくないと思うのも私。
なんだかとっても複雑だ。ふと、視線。
顔を上げると目がくりくりと可愛らしい唯一私の好きな人を知っている友人が、こっちをみてにっこり笑っていた。
この場所に連れてきてくれたのもこの子。
部活動が同じせいかあの人との関わりが強い友人は、私の腕を引っ張って、遠いようでとても近いここに誘ってくれた。

「来て良かったでしょ?」

含みのない純粋な問いかけ。一瞬言葉に詰まったけど、答える言葉はもちろん

「うん!ありがとうね…」

運動部のユニフォームもばっちり似合うそんな笑顔な友人に、自分でもあんまり可愛くないと思う笑顔をかえした。
それでもその子は満足げに頷いて、ストレッチを始めた。
この運動部の顧問のお堅い先生に“見学だけならいいけど入る来もないのに体験するのはダメ”と ストップをかけられた私はそれを、やっぱり少し遠目に見る事しかできない。
すます耳に届くのはあの人とあの子のカウントが重なった声。どうしても、何か変に苦しくなって耳も塞いでしまいたくなった。
私はただ、この摩訶不思議な感情に耐えた。

+ + +

ベッドに寝そべりながらぼやけた意識を引き起こし、幸せと感じると思っていた出来事を改めて思い返してみる。
あの時感じた苦しさはなんで解らなかったのかと思うくらい明らかな感情だった。
単なる"嫉妬"。あまり聴けなくていつも聞こえるはずのない教室の中、耳を澄ましていたのに。
あの子は毎日のようにあの人の声を聴いているのかと思って、私はただ単に恋する乙女のように嫉妬してたのだ。
あまり姿を見れなくているはずもない道ばたの真ん中、きょろきょろと辺りを見渡してたのに。
あの子は毎日のようにあの人の姿を見れているのかと思って、私は見苦しくも愛に溺れた女のように嫉妬してたのだ。

「あの人ってあんなに笑うんだ・・」

知らなかった事実に少し、知っていたあの子に少し、何かもどかしくなって、ばふっと枕を顔に押し付けた。
洗い立ての洗剤の香り。そして決意した。しつこい私のしつこい感情。恋心故に。

嫉妬するくらいなら嫉妬しない程にまで、聴いてしまえばいい。会ってしまえばいい。知ってしまえばいい。
随分勇気のいる行動だけど、少しでもあの人の思い出の中に残っていたいから。
別に想いが通じて欲しいわけじゃない。ただ忘れて欲しくない。
それだけの遠目恋愛。
距離は近い。でも、遠い。意気地のない私。勇気を出して、好きで、好きで、溢れそうな想いを秘めて、あの人の、思い出の中。


ゴンドラに乗って

(大切なものに埋もれていたい)