彼女の冗談は笑えない。

本来ならこのフラグが立つのは、付き合っていた彼氏だとか、ずっと一緒だった物静かでカッコイイ幼馴染とか、意外にもファンクラブに入ってくれているというギャップが素敵な先輩とかじゃないかと思う。
つまり、それが彼女に立つはずがないということである。
どちらにせよ現実とは何が起こるか分からないものだ。恐ろしい。彼女諸々。

「こうやって言うのは何度目かわかんないけど、気持ちの大きさは回数と比例しないから気にしないで。何度言っても足りないくらい大好きだから」

薄い笑みを浮かべながら彼女は言う。「愛してる」と。
彼女の優劣では、恋より友情の方が勝るらしい。
同じクラスの男の子が大好きと言った彼女は、私に愛してると言うのだから。

「分かってるって…。何度も聞いてるんだから」

正直に言おうか。私の胸の内としては、かなり鬱陶しい。
好意を寄せられることとしては喜ばしいことだ。
だが、ものには適した程度がある。
彼女の好意と行為は度を過ぎている。そうなってくると、返事をするも面倒だ。
彼女はそれに気付いていないのだろう。
毎日飽きもせずに言葉を連ねる。妙な噂がたってしまうほどに。

「そうかな。全然分かってないように思うんだけど、私の気のせい?」
「そうだよ」

素気なく返事をすると、珍しく彼女が黙った。
私は不振に思ったが彼女を気にかけるほど、心配に思うこともなく…寧ろこれ幸いと街の息吹に耳を傾ける。
今まで気づかなかったが、今日は気持ちのいい日だ。
表通りでは多数の車が低いうなり声をあげる街。
清々しいと思うのは気のせいだろうが、思わず深呼吸をする。
彼女の醸す束縛感はかなり自分にとって重苦しいものらしい。
また彼女が長たらしい言葉を吐き出すのを、半分聞き流した。これでも頑張った方だと自分を軽く賞賛する。
どうせ、また似たような羅列を毎日のように聞かされるのだから。
今日私はいつもより疲れている。
何故なら、彼女がいつもより、いつも以上におかしかったからだ。
どこがと言われてもはっきりと言葉にできはしないが、いつものおかしな言動に拍車がかかったような。
食堂で使ったスプーンをこっそり盗みだすなんてことをしていたのは今日が初めてだが。
今日は、今日は?――ああ、

「誕生日だね」
「忘れてたフリしてやっぱり覚えててくれてたんだ!?うれしーなあ」

本気で忘れていたことは言わず、おめでとうとだけ答える。
そしてさっき思い出した会話を思い返した。
いつだったか。今思えば物騒なことを言い出してくれたものだ。

『今年は何もいらないや。来年、私を眼にしてくれたらそれでいいよ』
『…よくわかんないけど役に立ってくれるんなら考える』
『ほんと"?じゃあ―――…』

「約束したことも覚えてる?」

期待のこもった声で尋ねられる。
残念ながら約束などした覚えはないのだが。
私が記憶を探っていると、彼女は鞄から何かを取り出した。
その手に握られているのは、今日盗んでいた学校のスプーン。
いつもより楽しそうな表情を浮かべながらスプーンを掲げる様を、私はみつめた。

「ほら、去年の私の誕生日の時、『眼球を貰うね』って言ったでしょ」


彼女の冗談は笑えない

(途切れた光の中に居た彼女の瞳も笑っていない)