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結局のところ、私にバスケ部は無理だった。
試しに女子バスケ部を覗いたけどあの中に入るなんて到底できない。1年からならともかく2年からなんて。しかも初心者だし。
そういえばうちってバスケの強豪校じゃんとか思い出すともう入るなんて選択肢は無くなっていて、それでも黄瀬君からアドバイスを貰って(結局のところあれは迷信だったけど)少しだけ興味を持ったバスケをしないのもなんだかもったいないような気がするので、
放課後誰も居ない体育館に忍び込んで1人でシュートやらドリブルやらを試してみた。
だけどまぁ、シュートはボールがリングに全く届かないし、ドリブルはボールの速さについていけずに足を動かすことなんて無理だ。傍から見れば飛んでいったボールを追いかけているのしか目に付かないだろう、それくらい下手だった。
でも誰かとやっているわけじゃないからどんなに下手糞でも何も言われないし何も気にする必要が無い。体育の授業なんかだと誰かに何か言われるのが怖くて自分から積極的に何かをしたことなんて全く無い。ただ目立たず、相手の邪魔にならないように皆と合わせて動いているだけで何も楽しくない。1人だとプレッシャーも無く自由にのびのびとできて、普段動かすことの無い体を動かしているからか何となく楽しくて、私はそれから体育館に通っていた。


その日も1人でバスケをしようと体育館に忍び込もうとしたら先客がいた。

いつも誰も居ないはずの静かな体育館の中からリズム的にボールが床を打つ音が聞こえて、もしかしたら誰かバスケをしているのかもなんて思って扉から少し覗き込んだら、そこに黄瀬君がいて、体格が良い色黒な人と1対1でバスケをしているところだった。

「今日こそは負けないっスよ青峰っち!」
「はっ、言ってろ」

うわ、わ、凄いっ!
プレーしている2人の動きは私が前見た女子バスケ部とは比べ物にならないほど早くて力強くて、凄い迫力だった。

凄い、あれがバスケなんだ。
すっかり2人のプレーに魅せられていて知らず知らずのうちに覗くために開けていた扉の隙間は少しずつ大きくなっていることに気付かず、ただ夢中で見ていた。
ゴールが決まって一段落。その時、

「おい、そこで突っ立って人に無断でこっち見てるヤツ。誰だ」

黄瀬君の相手をしていた色黒の人がこっちを睨んで威圧的に話しかけられてから、ようやく自分が隠れず扉の前で堂々と2人を見ていたのが分かった。
なにこの人、すっごく怖い。悪人面してる。

「あれ、苗字さんじゃないっスか」

相手の威圧に震えて声が出せない私に黄瀬君は気付いて、脅しちゃ駄目っスよと色黒の怖い人に向かって話しかけてる。あ、危ないよ黄瀬君、やばいよその人っ!
こっちにおいでと手招きする黄瀬君に私は全力で遠慮したい気持ちだったが無視することもできず泣く泣く近づく。

「どうしたんスかこんなところで。なんか用があったんスか?」
「う、ううん…」
「じゃあどうしてここに」
「あ、えっと……バスケットボールしようと思って…その、」
来たんです、と小さく消え入りそうな声で言う私に黄瀬君は少しだけ目を見開いて、そうなんスか、と言うと

「じゃあ一緒にバスケしないっスか?」
「えぇっ?!!」

私をバスケに誘った。
無理だ、激しく無理だ。バスケができるってレベルじゃないのにバスケしようなんて言ったのが馬鹿だったんだ。ごめんなさいごめんなさい、無理ですバスケなんてできません

「あ?こんなチビにバスケなんてできんのかよ」

色黒の人が何か言ってる。にしてもこの人誰。大概失礼な人ですよね。まぁできませんけど。

「あぁ、この人は青峰っちっていうんスわ」

私の心を察したのか代わりに黄瀬君が答えてくれる。

「え、っと、苗字名前です。」

よろしくお願いします、えっと…青峰っち、さん?
そう言って浅く礼をして顔を上げると彼は苦虫を潰した様な顔をして、「青峰でいい」と答えた。

その時端からボールが飛んできて思わずキャッチする。
投げた犯人である黄瀬君は私がキャッチするのを確認すると大きく手を広げて構えてきた。

「さあ、始めるっスよっ」




「「………………」」

見られている視線が痛い。
私の覚束かずスローなドリブルに黄瀬君は私を凝視してその場で固まっているし、青峰君にいたっては呆れて手に顔を当てている。
泣きたくなって、それでも1歩ずつゴール元まで近づいて、えいっとボールを投げたらリングにすら掠らず音を立ててボールが床に落ちた。

「あ…、うん…頑張ったっスね…」

黄瀬君の言葉が痛い。無理してフォローしてる感がありまくりだ。
察してくれるんだったら青峰君の名前じゃなくてバスケの方を察してほしかったよ…


「……クソだな。」

青峰君の言葉にビクっとなる。
黄瀬君が「青峰っち!」って言って抑える声が聞こえるけど、分かってる。

「…いいよ、本当の事だし…私にバスケの才能、ううん、それどころか運動の才能が無いの分かってるから、黄瀬君も無理にフォローしなくていいんだよ。変なとこ見せて、時間を無駄にしてごめんなさい…っ!」

耐え切れなくなって走り出して、後ろから苗字さん!と呼ばれる声がしたけど気にせずその場から逃げ出した。



次の日、やっぱり黄瀬君と顔を合わせられなくて
向こうから声を掛けられそうになったけど避けて動いた。

放課後、いつも通っていた体育館ではなく玄関のほうに足を進ませる。
もうあそこには行けない。それでも放課後に体育館に行くルートをいつも進んでいた足は、なんか違うなと感じてルートを戻そうと足を疼かせる。
心がスッキリしない感じに立ち止まった。

やっぱり行きたい。行ってバスケがしたい。
黄瀬君と青峰君のバスケを見たあの日。2人のプレーを見ててすごくバスケがしたくなった。
足は体育館に向かって走り出す。
ルートを戻せた足はなんだか満足そうだった。

誰もいないことをチェックして扉を開けて体育館に入る。
体育館の空気をいっぱいに深呼吸してから、よし、と持っていたバックを落としてバスケットボールを持った。

トントンと規則正しく床に鳴るボール音。
手でボールをドリブルさせながら足を少しずつ動かしていく。
それでもボールが上手くコントロールできずに足に当たってボールが飛んでいってしまった。それを拾いに走って、もう1回、とチャレンジする。うーん、やっぱり上手くいかない。


「手の平全体じゃなくてもっと指を使え、ボール弾いてやりずらいだろ」

「青峰君…っ」

突然体育館の扉が開いて現れたのは、昨日黄瀬君とバスケをしていた色黒で怖い顔をした青峰君だった。
「俺もいるっスよっ」
後ろから顔を覗かせて、やっぱりまたここに来たんスね。と言う黄瀬君に今の自分の状況を思い出した。

「ご、ごめんなさい!またバスケしてて…っ、すぐ片付けるんで少しお待ちくださいっ!」

そう言うと同時に手元が狂ってボールがまた変な方向に飛んでしまい慌てて追いかける。
もう、こんなことしてる場合じゃないのに。

「いい」
「え?」
「体育館は広いし俺達だけのモンじゃねぇ。俺達は隣でバスケしてるからお前はそこで練習してるでも見てるでも何でもしてろ」

そう言って青峰君と黄瀬君の2人は私の横を通ってボールを取りに行ってしまう。
この場にいるのを許された私はこのまま練習してていいのだろうか。


「くそぅ、青峰っち、もう一回っス!」
「はっ、何度やっても同じなんだよ!」

すごいなぁ…
結局黄瀬君と青峰君が試合をしている間はほとんど練習にならないで、ずっと2人のバスケを見ていた。
どうやったらあんなに早くドリブルが打てるんだろう。よく走ってて足がもつれないな。うわぁ、リングに手が届きそう…っ!

そうして見ていたらゴールが決まって、相変わらず青峰君の勝ちだった。
次はどうなるかな、とか思ったら少し休憩らしい。

「おい、ミジンコ」
「み、ミジンコ…っ?!」
青峰君が放った言葉はどうやら私に向けての言葉らしい。
小さいのは認めるけどミジンコって…っ

「ここでお前のバスケ見てやるから早く練習しろ」
「えっ?、は、はいっ」

そうやってドリブルをしていると休憩している2人のほうからビシビシと声が聞こえる。

「もっとボールを強く突け!お前のは鞠つきか!」
「おせぇんだよ!もっとペース上げろ!」
「手の平で弾くなって言ってんだろうが!何回言わせる気だミジンコ!」

ひ、ひえええ〜っ
もう叱責ばっかりだ。
ていうか絶え間なくそんな大声上げて怒鳴って青峰君は休憩になっているんだろうか。

そう思ったら青峰君がこっちに歩いてきてボールを奪い取られた。

「いいか、こうやってやるんだよ」
さっきまで私が持っていたボールを間近で自分のものかのように使いこなしてみせる青峰君。
ドリブルしながら少し動いて見せた後。くるっと振り返ってリングにシュートした。

「すごい…っ」
「ほら、もう一回やってみろ」
「う、うんっ」

青峰君に近くで見られながらもう一度ドリブルをする。
手の平じゃなく指を意識して突くように…

「青峰っちー、俺にはなんかコツとか教えてくれないんスか〜?」
「あ゛ぁ?お前は見てりゃすぐ分かるだろ」

…そういえば黄瀬君は青峰君とバスケしてたんじゃないっけ

「あ、ああ、あのごめんなさい、2人のバスケの邪魔しちゃってっ…!!」
「ん?別にいいんスよ。苗字さんのバスケしたいって気持ち伝わってきたし」

俺も応援するっスよ!
そう言って見せる黄瀬君スマイルにくらり。
あぁ、なんて黄瀬君は優しいんだろう。

「おい、ボールから意識を逸らすな!」
あ、と思ったときには足にボールが当たって転がっていってしまって青峰君の怒鳴り声。
青峰君ってすごく厳しい。


その日夕方遅くまでやって、外が暗くなってきたあたりで帰ることにした。
また明日もここでバスケしてるっスよ!と黄瀬君が言うので私はこれから一緒にバスケをしてもいいということなんだろう。

夜ベットの中で今日の事を思い浮かべ、明日も体育館で黄瀬君達と一緒にバスケをすることを思い浮かべると楽しみで中々眠れなかった。




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