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朝、私は牛乳だけ飲んで朝食は食べず、バックの中に菓子パンを入れて家を出た。
何をかくそう今日は健康診断の日なのだ。


あれから少し変わったことがある。

「苗字さん、おはようっス」

登校してきた黄瀬君と目が合って声を掛けられる。
あの日以来黄瀬君とは私と目が合うと偶に声を掛けてくれるようになった。
それ以外は普段通りで、あの日の事が次の日ネタにされていたり話を掘り返されり変な目で見られたりとかなかったし、黄瀬君は全然気にしてない様子だった。私は気にしすぎて3日は黄瀬君の顔をまともに見られなかったけど。

「お、おはよう黄瀬君。」

返す言葉はまだどもってるけど、これだって最初は「え?!お、おおおはようございます黄瀬君っ」なんてどもりまくりで何言ってるか分からないくらいだったんだから今は慣れたほうだ。寧ろこれは直らないんじゃないかと思う。敬意の上で。


黄瀬君はそれだけ言うと前を向いて席に着く。
以前は黄瀬君とこんな挨拶を交わせる日が来るとは思わなかったなぁ。
もう見てるだけしかできない別次元の人だと思ってたのに。


「ちょっと、名前。黄瀬君に声掛けられて嬉しいのはいいけど先にアンタと話してたの私だからね?」

だから私がいるの忘れないでくれる?とちーちゃんに顔を動かされて目線を合わさせる。おっとっと、忘れてた。あれ、何の話をしてたんだっけ?あ、健康診断。

「名前、また朝食抜いてきたの?」

バックに入った菓子パンを見て、こんなんで変わるわけ無いじゃんってちーちゃんは言うけど、要は気持ちの問題なんだ。
まだ成長期なのに去年は体重が増えて身長はちょびっとしか伸びなかった。今回こそは、
そうして向かえた健康診断。



「名前、どうだったー?って聞かなくても分かるか。ご愁傷様。」
「………………」

何故だ。何故なんだ。
去年から私は毎朝牛乳を欠かさず飲んできた。
なのに全く伸びてない。中2で遂に身長が止まるとかそんな。
これから身長は全く伸びずに体重が増え続ける人生を送るのかと思うと眩暈がする。
嘘でしょ、私まだ十分な身長貰ってないよ。

「これから身長が伸びず太り続ける人生を送るんだ。おばあちゃんになったら更に背が低くなって、歩いていたら人とか車が気付かなくてきっと私はぶつかって死んじゃうんだ……」
「いやいや、ほら、女子は背が低くても可愛く見られるからいいじゃん!」
「大人になってもこの身長で子供っぽい服しか着れなくて周りから浮いて、職場ではきっと女扱いされず一生独身のまま寂しい人生が私を待っているんだ……」

死にかけな私をちーちゃんが必死にフォローするけど私の気分は暗く沈んだままだ。
あぁ、平均…せめて150センチあれば……


「どうしたんスか?」

私達の異様な空気に寄ってきた黄瀬君に、ちーちゃんは「もう私じゃ手に負えないからどうにかして!」と言い放って席に戻って行ってしまった。そりゃないよ、ちーちゃん。

「あ、うん…ちょっと身長が思うように伸びなくて…」

本当はちょっとどころか全然。1センチも伸びなかった。けど言えない。なんだこれ、羞恥プレイなのか。泣きたい。

「あー、あんまり気にすること無いっスよ。
 女の子は背が高いより低いほうが可愛く見えるし、小さいからこそ苗字さんって感じがするッス。」
「あー、うん。そうだね、そうだよねっ。ありがとうっ」

それさっきちーちゃんが言ってた言葉と同じだ。
なんだか喜んでいいのかよく分からないけど黄瀬君は私が小さい方がいいって言ってくれてるのかな?
お礼を言うと「別にいいっスよ」って黄瀬君スマイルが輝いた。

そういえば黄瀬君の好みの女性のタイプってなんなんだろう。
背が低い女性だったりとかするかな…って何言ってるの私、私が黄瀬君の好みのタイプなんて厚手がましいにもほどがある!そうじゃなくて、純粋な興味として…っ!

「あ、そうそう」
「?」
「もし背を伸ばしたいんだったらバスケとかするといいっスよっ」

振り返りざまに黄瀬君はそう言った。


バスケ、バスケか。
そういやバスケの選手って皆背が高いよな、なにか秘密があるのだろうか。
帰宅部で毎日家に帰ってゴロゴロして日頃運動してないし、いいのかも。



「私が言っても聞かないのに黄瀬君が言うことは素直に聞いちゃうんだ〜、ふ〜ん」

あれ、自分の席に着いたんじゃなかったの。
ちーちゃんがジト目でこっちを見ていた。

「ご、ごめん、ちーちゃん」
「そうだよね〜私より黄瀬君のほうがいいもんね〜」
「ごめんって、許してぇ〜っ!」

ぷいっとそっぽを向いて不貞腐れるちーちゃんに私は必死に謝る。
さっきと立場が逆だ。
それからちーちゃんには帰りにマジバシェイクを奢るということで手を打った。



「ねぇ、ちーちゃんはバスケってできる?」
「なにそれ?あ、アンタもしかして黄瀬君がバスケをしたら身長伸びるとか言ってたの本気で信じてるの?」
「え?違うの?」
「迷信に決まってるじゃん。今時あんなの信じてるとか黄瀬君も馬鹿だよね」
「黄瀬君は馬鹿じゃないよっ」
「でも良くも無いでしょ?」
「う、うーん?」
「とにかくバスケをしたら背が伸びるとかいう根拠はありません。まぁ適度な運動はしたほうがいいと思うけど。」
「そうなんだ……」
「なに、アンタまさかバスケするの?」
「うーん、ちょっと興味が沸いただけ」
「止めときなって。ドジでノロいチビなアンタができるわけないんだから」
「……ちーちゃんひどい」


結局バスケをすると背が伸びるっていうのは迷信らしい。
ちょっと残念。

あれ、そういえば今日黄瀬君に話しかけられたとき落ち込んでたから気付かなかったけど私普通に喋れてなかったっ?!
きゃー、どうしようっ!
テンションが一気に上がる。

「えへへ、えへへへっ」
「ちょ、名前、何その顔。キモイ」

また太るよーとか言われても気にせずアップルパイに齧り付く。
もう背が低いことなんて気にしないもんねっ!
…太るのは嫌だけど。




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