黄瀬君の優しさに触れた昨日。 今日の私は黄瀬君に何かお礼がしたいと意気込んでいるのであります! そうは言いましたがあまり表立ったことをしたくない私はどうやってお礼をしたらいいのか決めあぐねていて、理想としては目立たずかつ穏便に密かなる黄瀬君ファンとしては事を進めたいわけでありましてまぁあんまり印象に残らないちょっとした、あ、ラッキー位のことだったり私からだとは分からないようにこっそりしてあげたい訳で……あ痛っ 「お礼なのに差出人がアンタだと分からなくてどうする」「だって私は密かなる黄瀬君ファン「その密かなる黄瀬君ファンがいきなり登校してすぐ私に相談事を持ちかけてくるのは何故だ。全然秘密になって「ちーちゃんはいいの!」「有難迷惑な話だな」「んでどうすればいいと思うっ?」「普通に昨日はありがとうって言えば済むだけの話じゃ」「却下!黄瀬君と会話するなんて無理っ」「じゃあ手紙で」「駄目!そんな後世代々まで残るようなもの送れないっ」「…じゃあアンタは何を考えてきたの」「例えばこっそり黄瀬君の周りを掃除しようとか…」「机の中を漁って?」「ちーちゃんっ!」「ごめんごめん冗談だって。でも少し掃除した位で気付くと思えないし教室掃除するんじゃ唯の掃除当番じゃん」「うう…」「他は?」「それしか…」「はぁ…」 揃って溜息が2つ出た時、ガラっと扉が開いて噂のご本人様が入ってきた。 出席の確認3分前で登校してきた彼は寝坊してきたのかテンションが低くて目が半分しか開いていなくてぶすーっとしている。いかにも機嫌が悪そうだ。 そんな黄瀬くんを気にせずちょっかいを出している男子。勇気あるなぁ……あ、女子が入ってきた。静かにしろって言ってるみたいだけどその声も結構大きい。結局言い合いになって騒がしくなり黄瀬君の周りは今日も賑やかだ。あ、黄瀬君の眉間に皺が増えた。これはやばいぞ。 私は黄瀬君がいつ爆発するのかとドキドキしながら見ていたけど後から先生が入ってきて皆が席に着いたので黄瀬君は無事耐えた。 休み時間になって黄瀬君はようやく機嫌を直して元の調子に戻ったようだ。(授業中ずっとガン寝だったけど) 「ね、名前。あれ見て」 「なーに?ちーちゃん」 ちーちゃんに言われてみた先は違うクラスの女子が集まって廊下に黄瀬君を呼び出して何やらきれいにラッピングされた小さな袋を手渡しているところだった。 「これ、クッキー作ったんですけど良かったら」「私も」「黄瀬君受け取ってくれる?」黄瀬君モテモテだなー。皆のプレゼントを受け取った彼は「皆、有難うっス!」と黄瀬君スマイル。今日も輝いてるなー。 「ねぇ、お菓子にしたら?」 「えっ、いやいや何言ってるんですかちーさん。プレゼント系は残るからしたくないと」 「お菓子なんて食べちゃえば終わりじゃん。それにいっつも黄瀬君はなにかしらプレゼント貰ってるんだから記憶に残らないって!」 「でもでもでも、手作りなんてそんなっ」 「別にそんな気合入れなくてもいいじゃん。ほら」 そうしてちーちゃんが出したソレはバックの中に入ってた私の1枚100円くらいで売ってる普通の板チョコ。 「えええ、そんなスペシャルサンドと太刀打ちもできないヤツ渡せないっ!」 「アホか。目立ちたくないって言ったのはどこの誰だ。これなら本当にちょっと『あ、昨日有難う』的な感じでいいでしょ。」 「う、ううーん…」 「とりあえず私からはもうこれ以上アドバイスをすることはできませんさようなら」 「そ、そんなあ〜…っ」 ちーちゃんが離れると同時に予鈴のチャイムが鳴って私は1人席に着きながら悶々と考えていたけど他にいいアイディアも思いつかなかったので私はそうすることにした。 でも、 (これじゃあ渡せないよ…っ) 授業が終わって、黄瀬君に昨日のお礼としてチョコレートを渡すべく黄瀬君に近づこうとしたのだが放課後になっても黄瀬君を取り巻いているファンの子達が居て近づくに近づけない。どうしようかとさっきから動けずにいる。頼みのちーちゃんは今日は用事があるとかで先に帰ってしまった。ああどうしようこれじゃお礼言うなんてむりむり、 そこまで考えて気が付いた。 あれ、なんで私手渡ししようと思っているんだ、と。 (ごめんよ、ちーちゃん) 人が居なくなった教室で私は黄瀬君の席の傍に立ち、机の中にポイっとチョコレートを入れた。やっぱりちーちゃんが言う手渡しなんてできない。そんな勇気ないんだ。本当ごめん、ちーちゃん。 そうして黄瀬君の机を後に帰ろうとすると廊下からバタバタと音が聞こえて閉じていたドアがガラッと開いて、そこに現れたのは黄瀬君だった。 「あれ、苗字さん?」 教室に入ってきた彼は息が荒くて肩を上下に動かしていた。きっとここまで猛ダッシュで来たんだ。 あれ、でもなんで此処に来たの?え、今私この教室の中で黄瀬君の2人っきり? 「いやー、俺ちょっと忘れ物しちゃって取りに戻ってきたんスわ」 私の頭の中の問いに答えるように黄瀬君はそう言って自分の机に近づく。私そんな分かりやすい顔してたんだ…、ってちょっとまって!机の中にはさっき入れたあのチョコがっ 「ん、あれ、何か入ってる」 チョコ?と手に持って呟く彼に私はなんてバットタイミングなんだと思いざるおえない。 「あれ、裏になんか書いてある」 黄瀬君の言葉に固まった。え、チョコを見つけた挙句もうそこまで気付いちゃうの 「昨日はありがとう、って…… これくれたの苗字さん?」 頭の中で私は悲鳴を上げた。 何故気付いてしまった、いや今気付いてしまったんだ。そのままチョコを入れようとして帰ろうとしたらちーちゃんの言葉が頭の中に残り、やっぱりちーちゃんに悪いと思って考えて考えて、差出人がばれるのは嫌だけど名前じゃなくて簡単なお礼ならいいかなと思って、でもやっぱり恥ずかしいから暗くて茶色い色をしたパッケージにその色と重なるように黒いネームペンでお礼を書いて目立たなくして気付かないでそのままパッケージを破いて食べて、気付かれないかなってそれでいいように思ったのに何でそこで気付いてしまうのっ 「あー…、うん、えっと、その…」 うわああ、何を喋れば良いんだ。頭の中が真っ白で何も出てこない。 「別に気にしなくて良かったのに。チョコ有難うっス」 「う、ううん!こんなしょうもないものでごめんなさい、全然貰ったものと釣り合ってないしっ、家帰ったら捨ててくれて結構です、本当に。色んな人から貰ってるのに困りますよね!犬の餌にでもしちゃってください!本当にすいません、さようなら!」 黄瀬君に話しかけられて何か返さなくちゃと思って口を開いたら勝手に口がペラペラと変なことまで喋っていて、恥ずかしくなって、固まっていた足が一歩動いたらもうそこからは早くて、私は全速力で逃げていた。 あぁ私なにやっちゃってるんだもう、死にたい。 〔back〕 |