皆さんこんにちは初めまして! 私、陰なる黄瀬君ファンの苗字名前と言います! 黄瀬君の素晴しさを書き溜めて密かに黄瀬君を応援しようというファンなんです。 密かにっていうのは黄瀬君に知られるのが恥ずかしいから。 黄瀬君とは学年が上がる2年生でクラス替えがあって初めて一緒のクラスになりました。 それまで私は黄瀬君の事を唯の噂でしか知らなかったし、こんな地味で冴えない私が黄瀬君に直接会いに行こうなんて、そ、そんな恐れ多い事をするはずもなく、私はまぁこんな人かなーと頭の中でぼんやりと思い浮かべるくらい黄瀬君は想像の人で。 それが2年に上がって一緒のクラスになり黄瀬君を初めて見て想像が現実の人となった時の衝撃は今でも忘れられない。神様、世の中にはこんなに格好良い人がいたんですねと感激した位だ。しかも神様は学期始まっての席替えで私をなんと黄瀬君の斜め前の席にしてくださった!おおう、神様、至って普通かそれ以下の凡人がこんな恐れ多くも完璧な人の席の近くでいてもいいのでしょうか。有難う神様! 私はこれから神様が与えてくださった奇跡を無駄にせず、日々黄瀬君を後ろから見ていこうと思います! そんなこんなで始まった黄瀬君の観察日記。 もう、ね。 まるでこの為かのような黄瀬君の斜め後ろというベストポジション。 だってずっと見ていられるんだよ? 前だと後ろを向かなくちゃ見れないし真正面の顔なんてきっとキラキラ眩しすぎて直視できない。 隣だとしたらそれはそれで美味しいけど、きっと私が横をキョロキョロ見る不審者としてクラスの皆から変人扱いされてしまうんだ。それは嫌だ。 だからこの斜め後ろというのは黄瀬君の顔も見れて私が堂々と黄瀬君の事を観察できるという極めて素晴しい、素晴しすぎるポディションで…… 「おーい、名前ー?」 「うわぁぁぁっ?!」 「授業終わったんだけど… また黄瀬君観察?」 「ちょっとちーちゃん声が大きいよ!」 それを止める私の声も大概大きい。 駄目だよ、秘密なんだから! 幸い黄瀬君の席を見ると彼はもうどこかへ行ったようで教室にいなかった。 ふぅと一安心している私を呆れた眼差しで見てくるのは親友のちはることちーちゃんだ。 新学年早々人見知りで相変わらずどこのグループにも入れなくて、嗚呼今年もそして来年も私は1人でこの学校生活を過ごすんですねと黄昏ている私を見てお声を掛けてくださった優しいお方!天使、いや女神様っ!「顔気持ち悪い」ちょっと口が悪い。 「昼休みなんだけどご飯は?」 「あ、私今日購買っ!」 「マジ?だったらボーっとしてないで早く買いに行ってきた方がいいんじゃない?」 よくあの地獄に突っ込む気になれるねぇ、と言われるが意味がよく分からない。 今日は偶々いつも持ってきていたお弁当を忘れてきちゃっただけで昼の購買とかは見たことがないのだ。だから危機感だとか、そうゆうものは全然無くて 「私も一緒に行こうか?」 「ううん平気、行ってくるっ!」 そう言って教室を飛び出して購買がある地点の前までいって呆然。 「な、何これ…っ」 人が群がって購買に押し寄せているのはなんとも地獄絵図だ。人込みに押されて溢れかえって飛ばされてはまた集団の中へと飛び込んでいく。 なんだ、これは。まるで蟻がちょっとしかない餌を囲んで群がって餌その物を黒く覆い隠すような… 正直私にあの中を突っ込んでいく勇気は更々無い。 どう転んでもあの集団に揉まれて踏まれてボロボロになる未来が見えている。でもどうしよう、私お昼持ってないのに。 しょうがないから集団が少し収まるのを待ってから買いに行こうと思ったら、購買のおばちゃんが「もう売り切れだよー!」という声が聞こえた。マジか。もう全部なくなったのか。 仕方なく私は自動販売機で飲み物だけ買った。 にしてもどういうことだ。なんで全部無くなる。入学して1年、創立して何十年、購買にどの位の人が来るからいつもこれくらいの量は用意してなくちゃ駄目だなとか普通あるだろう。なんなんだ、此処は創立したばっかりの学校か、このっ! 歩きながら手に持っているいちごミルクを勢いよく吸うと容器がポコっと音を立ててへこんで、気にせず吸って容器を潰した。どうだまいったか!なんていちごミルクにあたってみるも空腹は変わらない。いや、糖分で少しは満たされた気がしなくもない。ていうかあれ、無くなっちゃった。まだ教室に着いてもないのに。くそぅ、パックじゃなくてペットボトルにするんだった。 「おかえりー、遅かったね。 あれ、お昼は?」 「…買えませんでした」 力なく机へ倒れこむ私にあっちゃーと言って同情される。 後から聞くところによると今日の購買は“たまたま”スペシャルなものが置いてあったから“たまたま”あんなに込んでいたらしいのだ。もしかしたら購買のおばちゃんが売り切れと言ったのはその“たまたま”出たスペシャルなものだったのかもしれない。売り切れといった後人が散っていったけどまだ残っている人もいたし。だから普段は買えるようなものを私は“たまたま”買えなかったということだ。そうだとしたら私は本当に運がない。私は今日“たまたま”お弁当を忘れたあげく“たまたま”購買で出たスペシャルなもののせいで“たまたま”お昼を食べれなかったのだ。もう踏んだり蹴ったりだ。 ちーちゃんは私がお昼を買いに購買に行ってる間、あまりにも遅かったので先にご飯を食べていて、こんなことになるなら私のお弁当少し残しとけば良かったごめんねと言ってくるけど悪いのはちーちゃんの言うことをちゃんと聞かず1人で飛び出していった私だからちーちゃんは悪くないよと言った。そしたら帰りに一緒にマジバに寄って帰ろうって言ってくれた。ちーちゃん大好き。 それでも案の定お腹をすかせた私は授業中お腹が鳴らないよう必死に耐えていた。 ああまだ半分しか経ってないお腹空いたよー。今日ばかりは黄瀬君観察も中止だ。くそぅ私のばかばかばか。神様がくれた奇跡を無駄にするなんて! そんなこと思ってたら先生の声が響くだけの静かな教室で、(ぐぅ)情けない音が鳴った。 え、私?まさかまさか、鳴らしちゃった?ついに鳴らしてしまった?ば、ばれてないっ?! そう思って今まで伏せていた顔をあげたらバチリと(あの)黄瀬君と目が合ってしまって(やばいやばい!)すぐ逸らした。 やばい顔から火が出るんじゃないかってほど熱い。絶対これ赤くなってるよ。か、体が震える…っ、しにたいしにたいこんな恥を晒して穴があったら入りたい! 机にうつ伏せになって体をプルプルと震わせながら授業放棄。黄瀬君に聞かれたと思うと恥ずかしくて顔を出せないよ。黄瀬君はまだ私の事を見ているんだろうか。ああ、もうこのまま存在事消えてなくなりたい! 授業が終わった頃にはもう頭の中がぐちゃぐちゃだったのが全部弾けて真っ白だ。 まるで死んだようにポカーンとしていると、 「苗字さん…っスよね?」 この素敵な声と砕けた話し方は、 「き、黄瀬くん…っ?!!」 行き成り声を掛けられた私は相手が黄瀬君だと理解すると水を得た魚のように急速に生き返った。これ以上情けない姿を見せるものか、それより き、黄瀬君が私になんの…?ああさっきの事か、笑いものにされるのか。 「これ、貰い物っスけどどうぞ」 そう言われて目の前に差し出されたソレは 「す、スペシャルサンド……っ」 今日私が購買でお昼を買えなかった原因のそれだった。 「いやぁ、ちょっと食べてみたいって漏らしたらなんか女子から一杯渡されちゃって食べ切れなくて困ってたんス」 もしかしてあの地獄絵図とかした群れに突っ込んでいった女子がいるのだろうか。 さすが黄瀬君ファンクラブ、恐るべし。 「え、でもそしたら私が食べたら駄目なんじゃ…」 「いいっスよ。食いきれなくて捨てられるより苗字さんに食べられたほうがそのパンも喜ぶっス」 そう言って黄瀬君は強引に私にそのスペシャルサンドを押し付けて「じゃーまた明日っスー」と言って帰ってしまった。 その後「黄瀬君やさし〜っ」とかいう女子の声に、全く本当だよと同感する。どうやら彼女達には自分がプレゼントしたものを他の人に渡すという事にマイナスでは無く寧ろ高感度が上がったようだ。これだったら黄瀬君ファンクラブに目を付けられることは無いだろう。 「おおー、良かったじゃん名前。 初めて話しかけられたあげくスペシャルサンドまで貰って。今日のマジバは無しか?」 後ろから見てたのか傍に来たちーちゃんが私に良かったねぇと肩を叩く。 「あ…あ、あ、ちーちゃん」 「ちょっと、大丈夫?」 「ま、マジバ行こっ!!」 ってアンタそれ持ってか!とかちーちゃんが言ってくるけどそんなの無視してちーちゃんを引っ張った。「それ食べないの?」「これは宝物にするの!」と言い合ってマジバに着いてポテトにイチゴシェイクを啜りながら興奮気味にさっきの事を無我夢中で話した。ちーちゃんは最初こそ聞いてたものの最後のほうは「あーうん、そうだねー」と聞き流されてしまった。ちゃんと聞いてよ、もう! 「それよりもちゃんとそのスペシャルサンド、食べなさいよ?」「えー、勿体無い」「いいから、ちゃんと食え。食べてくれると喜ぶって言って渡されたんでしょ」「うー…」「返事は?」「……ハイ」「よろしい」 その日家に帰って食べたスペシャルサンドはとてもスペシャルな味がした。 やばいよ黄瀬君。格好良いよ黄瀬君。 一口食べるごとにぶわっと頭の中で黄瀬君が溢れた。 なんて優しいんだろう。さすがだよ。 今日は黄瀬君が初めて声を掛けてくれて初めてスペシャルサンドをくれたスペシャルな日ということにしよう。 うん、そうしよう。 ―――― ○月×日 初めて黄瀬君と話した。 お腹が空いている私にスペシャルサンドをくれるという黄瀬君の優しさを間近で体験した。 すっごく恥ずかしい思いをしたけどすっごく嬉しかった。 黄瀬君がくれたスペシャルサンドはスペシャルな味がしました。 〔back〕 |