ココで働く意味



私が働いている、ギャリー曰くマカロンが美味しいお店
『パティスリーラルク』は老人夫婦2人が経営している小さな洋菓子店だ。

この夫婦、年も年で最近腰を痛め、朝早く立ちっぱなしで作業をするこの仕事を続けるのが難しくなったとき店をやめようと思ったことがあるらしい。
ところが店を止めるとなると噂を聞きつけた地元の人からたくさんの惜しむ声が届いた。
それを知った夫婦は誰かにこの店を継いでもらう決心をしたという。

その翌日張られた求人の紙をみた少女がいる。
その少女がどうしたのか、
あとは皆さんのご存知の通りである。


昔はここも有名なパティスリーで、従業員も多く、ショーケースには端から端まで沢山のケーキが並べられお客さんを魅了していたとか。
遠方からの客も多く、繁盛していたらしい。

今は、というと
従業員はそのお店を始めた夫婦と最近入った私の3人だけとなってしまっていた。

昔はライトが光り輝いていた広い店内も、
今となってはいたるところにアンティーク雑貨が置かれており、
沢山の人々をその種類の多さで魅了してきたショーケースは端に布が張られケーキの種類も少なく、イートインのスペースもこじんまりとしたものとなった。
照明には豆電球が点けられ、華やかさを失い、少し薄暗いが温かい空間。
いわば、都会のような華やかで常に新しさを追求していくお店から、
隠れ家的な小さいながらも温かく落ち着いたお店へと姿を変えたのである。


私はこのお店が好きだった。
当初はあの3人で来た思い出だけで突っ走っていたが今は違った。

このお店の独特の雰囲気、空間。
部屋に積まれたアンティークは少し寂れた店内とマッチしていた。
ショーケースに並べられたケーキは少ないながらも一つ一つが宝石のように煌めいて、
ケーキの少なさをカバーするように脇に置かれた多くの焼き菓子は
まるで落ちてきた星の欠片のように淡く光って見えた。


製菓学校からここに就職してきた私はお菓子の知識に対する自信はまあまああった。
だが朝早く来てやることといえばお店の掃除と計量。
後はおばあさんと一緒に接客をするのが殆んどで、
直接的に製造のほうに関わることは無かった。

もどかしかった。
自分の技術を出したいのもある。
けれどそれ以上に思うのは
この夫婦はお菓子の製造が困難で求人をしたのに、自分がやっていることはいつもそれとは反対の接客ばかり。
自分はそんなにも頼りないのかと悩み、涙を流したこともあった。

その日、私はおばあさんに相談した。
何故私に製造を任せてくれないのか、
調理場に立たせられるほど私は期待されていないのか、と。

普通まだ勤めて間もない私がこんなことを言ったら生意気だといって怒られるだろうとも思っていた。でも聞かないわけにはいかなかった。
おばあさんは私の真剣な表情に何かを感じ取ったのか、何も言うことなく真っ直ぐに私の目を見て話を聞いてくれていたので、
私は当初言おうとしていたことだけでなく、他に思っていたことも口からポロポロと零れだして、涙も一緒に流れていた。

溜まった思いを全て吐き出した頃には時間は1時間以上過ぎていて

「ご、ごめんなさい…わ、私こんな事まで言うはずじゃなかったんです。
 遅くまでこんな下らない話にお時間を取らせてしまって、すびません…っ」

それを聞いたおばあさんは席を立ってこの場を離れてしまった。

嗚呼、見損なわれてしまった。見放されてしまったかもしれない。
明日からもう来なくていいと言われたらどうしよう。

胸の奥には後悔が一杯だ。

思い足取りで帰りの準備をしているとコーヒーカップを2つ持ったおばあさんがまた部屋に入ってきた。

座りなさいな、とまたテーブルに誘われる。
目の前に差し出されたコーヒーカップには温かいココアが入っていた。

「此処に来るお客様のことどう思う?」

「あ、えっと。地元の方が多いですね。
 皆さんとっても友好的で、入ったばかりの私にもよく話しかけてきてくれて、優しい人ばっかりです。」

「そうね、私もそう思うわ。私はそんな皆が好きなの。」


「皆が私たちが作ったケーキを食べて、喜んでくれて、私の顔を覚えて、話しかけてくれる。」
「私はね貴方にこの喜びを知ってもらいたかったの。」
「だからまずは貴方がお客様に覚えてもらえるように、私は貴方に接客を最優先として考えた」

そうだったのか。
てっきり私は自分に期待されていないで製造を任かされないのだと思っていた。
違うんだ、
私をお客さんと触れ合わせることで顔を覚えて貰って、そして作る喜びを知ってもらいたかったんだ。

私は今まで分からなくて悩んで溜まっていたものが溶けていくのを感じた。


「それに、ね」

「?」

「アナタには多く期待をしているのよ?
 おじいさんなんか早くアナタにお菓子作りをさせたくて、早くあの子をこっちに寄越せって毎日口煩く言われてるんだからっ」

ふふ、と目を細くし笑うおばあさんが可愛らしかった。

私は、おばあさん、おじいさん、来てくれるお客さん、皆をを喜ばせたいと思った。


明日からまた頑張ろうと思う。
私は彼らの事以外にもここで働く理由ができたのだから。

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