さよならリフレイン (黄瀬視点)






思えばその日、いやその前からか彼女はどこか様子がおかしかった。久しぶりに一緒に並んで歩いた帰り道。最初は何時もとそう変わらない、いや勢いがあったかもしれない。なのに何故か段々言葉の最後が小さくなり会話も減って彼女の足取りはいつも以上に遅くなっていた。具合が悪いのかと自分より背が低い彼女の前にしゃがみ込み額に手を当てて俯いてて見えない顔を覗き込んだ。その時見えた彼女の暗く思いつめた表情に俺は咄嗟に反応ができず固まるしか無かった。『黄瀬君、私達もう終わりにしよう……?』一瞬時が止まったかのように固まり、そして重力を思い出した彼女の額に当てた手が、少しでも触れてしまえば壊れてしまいそうな儚い彼女から離れるように落下する。ゆっくりと、俺にはスローモーションのように見えていた。まるで地の底へと落とされたような感覚に空気はどんどん重くなっていって、話すことも動くこともできず、俺は何も言い返せない。好きでした、とその後彼女は少し言葉に詰まり顔を歪ませて、更に言葉を紡ぐ。そこに俺を責める言葉は無く、信じてもらいたいかのように繰り返される『好き』と、だからこそもう何時も通りにいられない、一緒に居られないと。彼女の言葉に俺は鈍器で頭を殴られたような重い衝撃を食らう。そして『さようなら』そう別れを告げた彼女はまるで風に攫われたかのようにいなくなり、呆然としていた俺は走り去る彼女を追いかけることもできず、手を伸ばすこともできなかった。

『黄瀬君のこと、好きでした。』

『さようなら』




「おい黄瀬、ボーっとするな!」


突然の怒鳴り声の後にゴールの音。
意識が戻されるが、間髪を入れずに飛んできた先輩のタックルをもろに食らう。

「痛いっ、痛いッス先輩っ!」
「お前最近意識飛びすぎだぞ!」
「スンマセン〜ッ!!」

ぐりぐりと足で踏まれながら先輩の叱責にひたすら謝るとふいに足の力が止まって先輩が真剣な表情で「お前…なんかあったのか」と聞いてきたから、知らん顔して「別に、何も無いっスよ。」とそう言うと、「嘘付け。」と言われ蹴られて、終いには「お前、元通りになるまで戻って来んなっ!」と言われ体育館から追い出されてしまった。

あれからずっとだ。最後に告げられた別れの言葉が時間を経ても思い返されて脳内に繰り返される。なんなんだ、一体。気にしているというのか、あの子を。振られた。でも代えの彼女なんて幾らでも居る、何人もいる彼女の内1人だったのだから。別に気にすることない。なのになんなんだよ、クソッ。
元からモテてたし告白だってされる俺は初めて告られた時はそれなりに高揚感もあったけどさ、結局付き合ったら案外顔だけしか見てないんスよね。モデルとか始めたらそういう奴らが更に多くなった。所詮モデルで有名な黄瀬君と付き合ってるっていうステータスが欲しいんだけなんだろ。そう思ってから真剣に恋するなんてやめた。
だけどこの胸の締め付けられる感じは何だろうか。
泣きそうな顔で俺を好きでしたという彼女の顔も声も頭から離れない。
彼女が俺の中身まで見てくれたんだと、そういう人を心のどこかでずっと待っていたはずなのに。知った時には別れだなんて。
ああ、そうか。

なんだろう、彼女の事が知りたい。
俺を知ってくれようとした彼女の事が唯無性に。
今更遅いかもしれないけれど、別れから始まるものというのがあっては駄目だろうか。
それが恋なのかはまだ分からないし、死ぬほど自分勝手だと思うけど

明日、彼女にこの気持ちを伝えようと思う。





bark