とある国、とある都市で開催された聖杯戦争は、七人のマスターと七人のサーヴァントで闘い合うバトルロワイヤル形式の魔術師争いであった。
魔術協会が管轄する元で私たちは、万能の願望器と名高い聖杯を勝ち取るために、己のサーヴァントと共に他の競争相手を蹴落としていかねばならない。
当然、そんな聖杯戦争にはあらゆる魔術の名門名家が揃い踏みとなる。だから、私みたいな三流の家柄の、触媒すらまともに用意することができないような木っ端魔術師が聖杯に選ばれて聖杯戦争に参加することができたのは、とてつもない栄誉であった。

(でも……、思っていたよりも聖杯戦争っていうものは厳しいなぁ……)

使える魔術の威力も精度も並程度、精々魔力量が普通よりも多いぐらいしか特筆することがない、まさに凡庸と呼ぶに相応しい私がここで生き抜いていくには、想像できていたことだけれど苦難の連続だった。
今さっきも、ライダーとセイバーの争いに巻き込まれたのだが、あの二人は互いのことしか見えていなかったからどうにか渦中に飛び込むことは免れたとはいえ、流れ弾の嵐を抜けてきた私の身体中には無数の細かな切り傷ができている。あの中から生きて抜け出せただけでも僥倖と言うべきかもしれない。

(満身創痍ってわけではないし動けるけど、バーサーカーについていくのはちょっと辛いかもなぁ)

此度の聖杯戦争で私が召喚したのは、よりにもよってバーサーカーであった。
魔力量には多少の自信があるとはいえ、バーサーカーはその維持に、他のクラスとは比べ物にならない程の膨大な魔力を必要とする。
現界させているだけならばまだ余裕はあるが、暴れられれば話は別、とんでもなく魔力を持ってかれる諸刃の刃と例えるのがぴったりな危険なクラスだ。

「バーサーカー」

「あ?」

私の前方をさっさと歩くバーサーカーを呼び止める。
私と同様にあの嵐の中を抜けてきて、尚且つ私のこともさり気なく庇ってくれていたせいで至る所から血を流しながらも楽しげにナイフを弄ぶ生粋の戦闘狂であり殺人鬼でもある彼は、面倒臭そうにこちらを振り返った。
つんつんと逆立つ金髪、英国紳士のような格好の衣服はしかし、上着は乱雑に肩に掛けられてシャツには赤く生々しい血がべっとりと付着している。
目付き悪く吊りあがった赤い瞳は、ぐるぐると底知れぬ闇が渦巻き、開けられた口からはギザギザの獣のような歯が覗いた。

「バーサーカー、無闇に動くのは危ないよ」

「あー、うっせぇ。エラそうに、オレに指図すんじゃねぇよ」

そう突っぱねて舌をべっと出したバーサーカー──エドワード・ハイドは、私が召喚したサーヴァントだ。
触媒がない場合はマスターの性質に合ったサーヴァントが選ばれるというが、彼と合うようなマスターはそうそう居ないだろうし、当然私も合うとは言い難い。だが、彼が召喚されてしまったのには訳がある。
召喚の際、私は確かに触媒らしい触媒は用意していなかった。だが、駄目元で、手元にあった『ジキル博士とハイド氏』の原典を魔法陣の中に置いたのだ。
かつて、アサシンやバーサーカーのヘンリー・ジキルが召喚された例があるということを、真偽すらわからぬ風の噂程度で小耳に挟んだことがあったので、アサシンでもバーサーカーでも会話ができるのならばそれに越したことはないと思ったからというのが意図である。
当然、ヘンリー・ジキルを召喚すればエドワード・ハイドというジキルの悪の側面も共に喚ぶことになるというのは承知していたし、私とて楽観的な決意で召喚を行ったわけではない。
だが──実際呼び出してみれば、ヘンリー・ジキル&ハイドではなく、エドワード・ハイド一個人であった。
薬で入れ替わったわけでもなく、ジキルの要素はとうに消えたハイド本人。さらに、バーサーカーでの現界ならばハイドは獣のような姿になるらしいと聞いていたのだが、彼は人間の姿を保っていた。
知っての通り、ハイドは悪逆を愛する快楽主義の殺人鬼。彼も聖杯が欲しかったのか、マスターという立場である私は初っ端から殺される羽目にはならなかったものの、彼との意思疎通はかなり苦労した。いや、今でもしているか。
なんせ、言葉は通じるが自分勝手だ。無差別的に一般人を殺そうとした時は、阻止するために令呪を一画使う事態になってしまった。おかげで、私の令呪はあと二画しかない。
多少は打ち解けてきてくれたとはいえ、それも微々たる差だ。戦闘の際には指示をろくに聞かず突っ込むし、日常では私のことも結構ぞんざいに扱ってくる。まぁ、召喚当初は話すことすら嫌がっていたのだから、粗雑で横暴とはいえマスターに構ってくれるようになったのは良い傾向……ということにしておこうか。
相変わらずかなり前をさくさくと歩くバーサーカーの背を見ながらそう振り返っていると、突然バーサーカーが斜め上方向に顔を向けた。

「チッ!」

「──え?」

バーサーカーが不愉快そうに舌打ちをしたかと思えば、私の方を振り返る。
何事か、とフリーズしかかる思考を無理矢理に動かした時には、バーサーカーに服の襟を掴まれて私は空中に浮いていた。
私が先程まで立っていた場所には、弓のような棒状のエネルギー弾が撃ち込まれてコンクリート片が舞っている。──襲撃を、された。

「バーサーカー!」

慌ててバーサーカーを呼べば、不機嫌を隠そうともせず顕にしながら、私を引っ張って適当なビルの影に潜んだ。
地面に着地するやいなや、バーサーカーは私を乱暴に投げ捨てると、陰に隠れながら周囲の様子を伺う。

「てめえ、ぼさっとしてんじゃねェ!マスターが死ねば困るのはこのオレなんだよ!」

「ごめんね、バーサーカー。……ッ!来る!!」

「遠くからチクチクチクチクとクッソうぜーなァ!!」

再度放たれる攻撃を、バーサーカーはまた私を抱えて避け切る。流石はサーヴァント、見た目は細身なのに、人間一人を抱える程度はなんてことないようだ。
敵はしつこく狙ってくるが、生憎と入り組んだビル群の中では直撃させることが難しいらしい。恐らくは、一手目の不意打ちで仕留めきろうとしていたのだろう。

「バーサーカー、相手はアーチャーだよ。上から狙ってきているから、このビルのどれかの屋上にいるんだと思う」

「三騎士とか呼ばれてやがるくせに不意打ちなんざ、騎士道精神もクソもあったもんじゃねぇなァ!!生憎だがよォ、そういう卑怯な不意打ち騙し討ちは俺様ちゃんの専売特許だっつーの!んなモンに引っ掛かるワケねーだろ!!」

「遠距離からの攻撃を得意とするアーチャーとは、正直相性が悪いと思う。バーサーカーは近接だし、相手を同じ土俵に引きずり出さないと」

「だったら尻尾巻いて逃げるってかァ?」

「──逃げる、か」

逃げる、逃げる。確かにそれもありかもしれない。だが、あのアーチャーはみすみす逃がしてはくれないだろう。
延々と遠距離から攻撃されていれば、こちらは消耗するばかりだ。そうなってしまうと、何れ撃ち抜かれる。であれば──

「バーサーカー」

「ッ!?」

バーサーカーのシャツの襟を掴んで引き寄せると、彼の唇に私のそれを重ねた。
甘さもなにもない、触れるだけの短い魔力供給。だが、彼が負っている軽傷を治すには十分だろう。

「私のバーサーカー、アーチャーを倒して!!」

「────────ヒ、ヒヒ」

一瞬、柄にもなくぽかんとした顔を晒したバーサーカーはしかし、すぐに口元を三日月のように歪める。
そして、嗚咽のような笑い声を堪えきれないように零した。

「ヒャハハハハハハハ!!!誰がそこまでしろっつったよ!!あーでも、悪くねェ、悪くねぇよお前!!まァ、マスターにここまでお膳立てしてもらったし?ご期待に応えてぶっ殺さねーわけにはいきませんよねェ!?たかがアーチャー、遠くからチクチクすることしかできねー腰抜け野郎に引けなんざとってらんねぇよなァ!!?」

「きっと、アーチャーだけじゃなくそのマスターも近くにいると思う。そっちにも気をつけて」

「何人いようが全部ぶち殺せばいいだけの話だろ?ヒャハハ、オレの邪魔をする奴なんざみんな死ねばいいんだよ!!てめえはそこで、お前の最強サーヴァント・ハイド様の超絶格好良い殺人ショーでも見てろ!!」

いつもよりも随分と早口で興奮したように叫ぶと、バーサーカーはひとっ飛びでビルの屋上へと至った。
すっかりと姿は見えなくなってしまったが、間もなく交戦する音がビルの下まで響いてくる。バーサーカーは、アーチャーの居場所をいとも簡単に探り当てたらしい。流石の三騎士も、特にアーチャーは懐に入られればバーサーカーに分がある。

「ヒャハハハハ!!殺しのアイドル、ハイド様参上だァァーー!!!俺様ちゃんに喧嘩売るなんざいい度胸してるっつーか、見る目あるっつーか、無謀っつーかァ!?俺様ちゃん、ひっさびさに昂ってんだよなァ!!というわけで、楽しく殺り合いましょーやァ!!!」

狂気に満ちた、本能剥き出しの叫びが反響する。刃がぶつかり合う音、衝撃によってぽろぽろとコンクリートが崩れるビル。アーチャーのマスターが指示を飛ばす、怒号のような声。
バーサーカーが雄叫びのように笑う、笑う、嘲る。ビルからビルに飛び渡る際に時折見えるその姿は、まさに狂戦士の名に相応しい。例え反英雄と呼ばれる真っ当な存在ではなくても、私にはその瞬間にヒーローのように映ったのだ。
今の彼に私の声が届くかはわからないけれど、それでもこう叫ばずにはいられない。

「やっちゃって、バーサーカー!!」







:













「!バーサーカー、……っ、む、……」

傷を沢山こさえて私の元に帰ってきたバーサーカーは、何かを言う訳でもなくただひたすらに私の唇を貪った。
先程に私がした軽いキスではなく、舌を捕らえて唾液を絡める濃厚なそれに、思わず反射的に離れようとバーサーカーの胸板を押したが、私の後頭部に回されたバーサーカーの手が逃がしてはくれなかった。
唇の端から、混ぜ合わされて溢れた唾液が零れる。息がし辛くて、意識せずとも漏らしてしまう吐息すら彼に捕まえられるみたいだと錯覚してしまうほどに、強引で搾取的な──それでいて、背徳的な甘さのある酔ってしまいそうな魔力供給。
私の魔力が吸い取られていくほど、私は身体に力が入らなくなってバーサーカーに凭れてしまう。私の服にも血が染み込んできて、隙間なく密着するとバーサーカーは私の腰を扇情的に指でなぞった。
ぴくりと、身体が揺れてしまう。ぎゅっと閉じていた瞼から生理的な涙が溢れて、羞恥と快楽に耐えきれずにバーサーカーを潤んだ瞳で見上げれば、情欲と狂気に濡れた瞳と視線がぶつかった。

「──なァ、今すっげぇヤりてぇ。お前の体を全部暴いてぐちゃぐちゃにオレを刻み込んでやりてェ。……いいだろ?」

「……は、……そこまではダメだよ……、っ……」

戦闘の興奮が冷めないのだろう、バーサーカーが頬を紅潮させて苦しげに笑う。──自ら美少年と憚るだけのことはあるものだ。背徳の陰が尚更彼を妖艶に引き立てて、その禁忌的な魅力に私も溺れそうになってしまう。
だが、寸でのところでか細い理性が働いて、力が入らずに緩い痺れが支配する腕でバーサーカーを押し退けると、がくりと膝から崩れ落ちた。

「……バーサーカー、魔力、……っ、はぁ、……吸いすぎ、だよ……っ……」

彼の熱から離れてしまえば、私は己の体調が頗る悪くなっていることに気がつく。
まるで貧血のように目眩が断続的に起き、立つなんて以ての外だ。平衡感覚を無くして絶えずぐらぐら揺れているような感じさえする。それに悪酔いしてしまいそうで、口元を手で押さえた。
まるで世界が回っているかのような気持ちの悪い視界の中、抗議のためにバーサーカーをじとりと睨み上げる。バーサーカーの姿すらもぼやけていたが、彼がわざとらしく溜め息を吐いているのは認識できた。

「はぁ〜〜あ、せっっっかくイイ気分だったのによォ……」

「バーサーカー、……帰れないから運んで」

「はぁ?なんで俺様ちゃんがんなことしなきゃなんねーんだよ」

「…………」

バーサーカーが明らかに必要分以上の魔力を吸うからだ、という意味をこめて無言で見つめ続けると、露骨にわかりやすく当て付けのように溜め息を再び吐いた。

「あークソめんどくせェ。チッ、てめえの魔力少ねーんだよ」

「バーサーカーが魔力持っていきすぎたの!」

「俺様ちゃんはんなこと知らねーし」

等と文句を際限なく垂らしつつも、バーサーカーは私を米俵のように肩に担いでくれた。
まさか本当に運んでくれるなんて、今までのバーサーカーの態度を思えば感動してしまうのも無理はないだろう。伝えると本気で嫌がりそうなので、ありがとうという言葉は内心に留めながらも感謝していたのだが──


「おらァ!!優雅に月夜のお散歩だアァ!!」

「うぇっぷ……バーサーカー、吐く吐く!」

「俺様ちゃんにぶっかけたら殺すからそのつもりでいろよォ!!」

私の体調が優れないと気が付いた瞬間に、嬉々としてぴょんぴょんと屋根の上を飛び伝いながら移動し始めたバーサーカー。
敢えてがくがくと私を揺らす彼に、あんなにじんわりと心を満たしていた感謝の念はきれいさっぱりと冷たく消え失せたのだった。



私の英雄は悪逆様
(嫌がらせをしてこなかったら素直に感謝できたのに!)


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