「う……っ……!アサ、シン……!!」

ぼとぼとと大量の血が流れる右腕を押さえて、なまえは膝をついた。
気配遮断の能力を有するアサシンの攻撃は完全に避け切ることはできなかったものの腕の損傷だけで済んだが、これはとても幸運なことだ、まともに食らっていたら右腕は切断されて令呪は──
完全に運に救われたが、まだ窮地が過ぎたわけではない。アサシンをなんとかしなければ、なまえは殺される。一度攻撃を仕掛けた以上は見逃してはくれないだろう。
脚や胴が負傷していないとはいえ、こんな大怪我をしたことがないなまえは痛みでろくに動けない。おまけに出血によって意識も朦朧とし始めてきた。
アサシンが、木陰から様子を伺っている気配がする。聖杯戦争においては、サーヴァントよりもマスターを狙うことが多いが、このアサシンとそのマスターもそういう手合いなのだろう。
マスターを殺せば、召喚されたサーヴァントもやがては魔力が供給されずに消滅する、単純にサーヴァントと対峙するよりも効率的な場面が多い。

「ッ!!」

アサシンの攻撃を、倒れるように転がって回避する。生身の人間であるなまえ程度は取るに足らないと判断したのだろう、気配遮断も解いて真正面から向かってきた。
無理に躱したせいで傷はさらに痛み、口内にも砂が入る。ジャリジャリとした感覚は不快だが、唾を吐き出す余裕もない。
このまま殺されるのだろうか、聖杯を獲得することもできずこうもあっさりと?
否──それは嫌だ。こんなところで、なにもできずに無残に死ぬなど、──絶対にごめんだ。
だから────

「令呪をもって命ずる!!女王メイヴ、あの者を貴女の前に傅かせなさい!!」

令呪、の段階でアサシンはなまえに向かってきていた。令呪は回数制限こそあるものの故に強力な切り札、それを使用されれば展開は逆転する可能性が高いと理解していたから。
それでも最後までなまえが言い終えることができたのは、"彼女"がアサシンの前に立ちはだかったからだった。

「ええ、いいわ。──傅きなさいな、ほら早く!」

















「あなたって本当に惚けたところがあるから散々言ってあげていたのに、どうしてそんなに油断しちゃうのかしら?」

「気配遮断を使われたら私も察知するのは難しいよ。でも、今回は運が私の味方についてくれたから」

「あら、運じゃないでしょう?このメイヴがあなたについてあげているんだから当然のことよ」

「うん……そうだねメイヴちゃん。助けてくれてありがとう」

令呪の後押しで宝具──愛しき私の鉄戦車を放ったメイヴは、アサシンが男だったことによる特攻効果も合わさってか見事にアサシンを消滅させた。アサシンのマスターはこの場には居なかったようだが、自分のサーヴァントが消滅したのだから、おそらく聖杯戦争にはもうこれ以上参加できないだろう。
脅威を切り抜けたなまえは、簡易止血した右腕を押さえながら森を抜けるために歩いている。病院に行って縫ってもらわなければ、輸血も必要だ。設備が整っていながらもなるべく人が少ない医院へ──その病院関係者は魔術でなんとかするしかない。
魔術師ではあるが家も三流で、そんななまえは幸運に幸運を重ねて聖杯戦争の参加権を獲得した。だが、なまえという人間は魔術師にしては普通すぎる──一般人に近しい気質をした変わり者で、特に魔術の腕にも秀でているわけではない。その性格も魔術師としては優しい、甘すぎるので聖杯戦争でも真っ先に脱落するだろうとは自他ともに抱く見解だったのだが──

「案外、私もやるじゃん」

「私のマスターなんだからそれぐらいでないとね?──それにしても、さっきのあなた、良かったわよ。私の好きな勇士、ええ、あなたが男だったら私のグッドルッキング・ブレイブにしてあげたのに」

「残念、私は女でーす。……なんかさ、私って特筆して優れていることもないし家も三流だし、聖杯戦争にこうして参加できたって一番最初に殺されるって思ってたの」

聖杯戦争は、聖杯を手中に収めるために血で血を洗う死闘を繰り広げる魔術師の争い。参加者は聖杯に選ばれるとはいえ、やはりというべきか名家が多い。
そこに、人を利用することを好まず程よくお人好しでありながら家柄もよくないなまえみたいな人間が迷い込めば、腕試しなりライバル排除なりで序盤から狙われるのは必定で。
だから、いつ死んでもいいように、サーヴァントを召喚する前に遺書を書いたりなんかもしてとても後ろ向きだった。
しかし、サーヴァント──メイヴを召喚して共に過ごしていくうちに、"メイヴと生きて勝ち進みたい"と思うようになっていったのだ。
メイヴと過ごす日々はとても楽しい、ファッションに疎いなまえを着飾らせては「世界で二番目に可愛いわ。勿論、一番はこの女王メイヴだけどね?」と褒めてもらえたり、「聖杯を獲るなんて、当たり前よ。そんな小さなことに囚われていないで、もっと大きく夢を見なさい?女はそれぐらいでいいの、我儘に素直に、存分に生きてみなさい」という言葉に励まされたり。
メイヴと行動を共にしているうちに、なまえの中には随分と大きな変化が起きていて──先程のアサシンに襲われた場面、以前のなまえならば恐らくは生を諦めていただろうが、足掻こうと思ったのはメイヴが居たから。

「私はね、メイヴちゃん、貴女が世界を支配するところを見たいなって思ったの。私も生きて、側で見たいなって」

「随分傲慢ね、マスター。私の横に立とうだなんて、大口を叩くようになったじゃない」

「メイヴちゃんが言ったんでしょ、"我儘に素直に、存分に生きてみなさい"って。私は、メイヴちゃんの煌びやかな姿をこの目で見たい。そりゃあ今でも十分すぎるほど華々しいけれど、まだまだメイヴちゃんはこんなものじゃないでしょ?」

そう微笑んでみれば、メイヴは少し目を丸くした。だが──すぐに、不敵に麗しい女王の笑みを浮かべる。
その、悪辣ささえ感じるのにどこまでも無垢で清楚な印象を受ける笑顔がなまえはとても大好きだった。
これこそ女王メイヴ、コノートの女王。そして──自慢のサーヴァント。
この世の全ての男は私のもの、そう豪語するのも納得の美貌は、羨ましいと思わせる隙さえない完成された美。
聖杯のその先へ、なまえの自慢のサーヴァントならばきっと──いいや、絶対にいけるはずだ。そして、素晴らしいものを彼女は見せてくれるはず。

「やっぱり、あなたは世界で二番目に可愛いわ」

「ありがと。メイヴちゃんは世界で一番可愛くて素敵だよ」

「わかりきったことをありがとう!ほら、言ってみなさい?メイヴちゃんサイコーって!」

「はいはい、メイヴちゃんサイコー!」

願わくば、この桃色の華が永劫に咲き誇りますように。そして、その横で、華を眺める栄誉を与えられますように。



無垢な毒華よどこまでも咲き誇れ
(願わくば、どうか枯れることを知らないでいて)


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