▼ da capo 1
深海で眠る俺に、朝は来ない。
朽ちた細胞におかされて、かつての俺のすべてが眠る、そんな夜。
「文」
「…」
「…なんだよ」
「文」
三上が運転する車内。父さんが、じっと俺を見る。
迎えに来るのは三上だけだと思っていた。
タクミと園田に門まで送ってもらって、車に乗り込もうとして。後部座席から父さんが出てきたときは、心臓が止まるかと思った。
どうして父さんがいるのか。園田カケル理事長からなにを聞いたのか。わからないけど聞く気はない。
俺はタクミと園田にもう一度お礼を言って、「またね」と車に乗った。
半分退学のように学園に戻される俺に、きっと父さんは呆れている。
でもそれは、生徒会長にならなかったときにはすでに始まっていることだから、今さらなんでもないのかもしれない。
「園田君の学園はどうだった」
車が走り出して少しして、一言、そう聞かれた。
「……楽しかった」
「そうか」
父さんは窓の外を見る。
楽しかった。綺麗な音を奏でる綺麗な心の子に、ちゃんと出会った。手紙を交わし、言葉を交わし。
たくさん間違えた。でももう、自分が間違ってたって分かった。
「……父さんごめん」
「…それは、何に対して」
父さんは俺の目をじっと見た。
「…いきなり転校するって言ったことも、こうして迷惑かけたことも、悪いと思ってる」
「…半分当たりだな」
半分は外れだ、と父さんは言った。
「理由も言わずに転校するというのはよくなかったな、文」
「…うん」
「でも、理由を聞こうとしなかった父さんも悪かったと思ってる」
「、」
「それに、転校すること自体が悪いとは言わない」
「えっ」
「おまえのしたいようにすればいい。おまえの人生なんだから」
「…」
「だから文、おまえが昔、父さんの学園に行きたいと言ったときに"よく考えろ"と言ったんだよ」
「…え」
だって、それは。
反対したんじゃないの。
俺には無理だって、俺には期待してないって、そういうことだったんじゃないの。
「そりゃ父さんのようになることなんて、期待してないさ。だって文は文だろう。文の好きな学園で、文が楽しく過ごす。父さんが願うのはそういうことさ」
「…っ、」
「文はテストで頑張っていたけど、1位に固執することはないと思っていた。でもそれを、きちんと言葉にしてこなかった父さんもよくなかったな」
「そんなこと、」
「それから、迷惑だとは思っていないんだよ、文。心配はしたけれど」
ああ…。
ちゃんと、言葉にしてくればよかったな。
伝えようと、してくればよかったな。
「…父さん俺ね、」
「ああ」
「父さんみたいに生徒会長、やってみたかった。でも俺より向いてるやつがいて。俺はそいつを支える立場がしっくりきた、だからやらなかった」
「…文。自分のこと、周りのこと。きちんと見て判断できる文は、自慢の息子だよ」
「、」
父さんは俺から視線をはずし、また窓の外を見た。
俺は声を出さないように、下を向いて涙を流した。
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