にせものamoroso。 | ナノ

 「未定」 4

「あ、予鈴…」




遠くで鐘が鳴る。



2年たちは少し困った表情で、顔を見合わせた。タクミは少し落ち着きを取り戻したみたいだけれど、まだ大事そうに紙袋を抱えて呼吸を繰り返している。



「いーよ、タクミは俺が見とくからみんなは授業に戻んな?」
「でも…、」
「俺、ナツメになら連絡つくから、状況とか、メールしとく」



ナツメは2年の親衛隊。だからこの3人と少なからず関わりがあるはず。そう思っての提案だった。



「…」


それでもここを動こうとしない3人。もしかして。


「"セイサイ"、ナツメは知らないのか」
「古賀くん、最近橋本くんと仲良いから…」



なるほどね。一部しか知らないわけだ、この"セイサイ"とやらは。



「…そこは適当に伝えておくよ。…あ、けど。


 さっきタクミの言ってた"隠したり壊したり"したものは、もとに戻してあげてよ」



とりあえず今持っているのはこれだけ、と渡されたのは、体育館履きだった。気まずそうな顔で、パタパタと校舎に向かっていく3人を見届けて、タクミに声をかける。



「まだ、苦しい…?」



ふるふると首を横に振って、タクミはゆっくりと立ち上がる。



「大丈夫、です、」


そう言って顔をあげたタクミだけれど、全然大丈夫じゃなさそうだ。涙の跡が、痛々しい。



「ありがとうございました」
「お礼を言われることなんて、ひとつもないよ…。あのさ、少しだけ、話せるかな」



授業が始まってしまっているけど、このままタクミを帰すのは心配だし。



こくり、と頷いたタクミの手首を引いて、俺は門近くのベンチまで歩いた。




「あの…、あのさ、」
「手紙、読みました」
「え…」


さっきまで息もあらくて喋るどころじゃなかったのに、タクミは凛とした声で言った。


「最後の手紙、ってなんで勝手に決めるんですか…」
「、だって」
「学園、やめちゃうんですね」
「…うん」
「さみしいですね」
「え…」


俺、タクミに酷いことしかしてこなかった。それなのに、タクミはどうしてこんなことを言えちゃうんだろう。



「ふみくん。ピアノ、褒めてくれたのうれしかったよ」



敬語じゃないその言葉は彼の本心のようで、それがすごく嬉しくて、涙が、でた。



「そこ、泣くとこじゃないですよ」
「うん、俺、変だね。
 俺、タクミのピアノ大好きだよ。綺麗な音がしみわたって、汚ない自分の細胞まで、浄化してくれるみたいで」
「…世の中に、綺麗なものなんてないんです。何かに対して"綺麗だ"って思えるのは、ふみくんの心がそう見せているからです」
「、」
「ふみくん泣き虫」



もっと早く、タクミに出会いたかったな。

そしたら俺、こんなにたくさん間違えなかったかな。



タクミに惹かれる園田の気持ち、すごくよくわかる。もちろん、タクミに対して恋愛感情があるわけではないけれど。




「"カズヤ"、タクミのとこに来たんでしょう」
「へ」
「俺のとこにも来たんだよね。実は生徒会で一緒でさ」
「あれ?元々の知り合いじゃないって…」
「うん、そう言った。生徒会のこととか、話したくなかったから」
「、」
「俺の家、園田と一緒で学校経営してて。父親が理事長なんだよね。代々、城崎家が生徒会長になるのも一緒」
「じゃあふみくん、会長さん…?」
「ううん、俺はならなかった。いや、なれなかった、のほうが正しいかな。それらしい理由をつけて、逃げた。

 簡単に言えばプレッシャー、なんだろうけど、そんとき頭ん中ぐっちゃぐちゃで。自信もなくて。

 けど本当は、なりたかったんだあ、生徒会長」



父さんたちみたいに、城崎家の人間として、ちゃんと"会長"したかった。



「他にもやりたいことたくさんあった。音楽ももっとちゃんとやってみたかったなあ。

 タクミのピアノを初めてコンクールできいたとき、最初すっごい暗い顔で、重い音で、正直コンクールってこんなもんなんだなってがっかりした。

 でも一瞬で目に光が戻って、そのあとはすっごい軽やかで。目に焼き付けたよ。音も、俺のなかでまだ"響いて"る。

 俺、あのとき踊り出したかった」

「ふふ、コンクールで踊ったら怒られますよ」
「あはは、そうだね。でも俺、ダンス上手だよ。一通りやらされてるから。

 …そうなんだ。一通り、広く、浅く。ひとつのことをちゃんと極められるよう、っていうのは無理だったから。」


だからきっと、ピアノを極めているタクミがうらやましかったんだ。


「手紙にも書いたけど、俺も文通、楽しかったよ。城崎文を忘れられた。なんのしがらみもない、タクミのピアノのファンでいられたから」

「ふみくん…」
「…でもそれももう終わりかー」
「いつ学園を出るんですか?」
「あはは、今からだよ。荷物も少ないし…、ってあぁ!鞄!!」
「へ」


タクミの声が聞こえたとき、咄嗟に放り投げて走っちゃった。取りに戻らないと。



「タクミ、送っていくよ」
「へ、でも」
「どうせ鞄、拾いに戻んなきゃいけないしさ」
「…じゃあ」



タクミは俺にならって立ち上がった。


「…ふみくん」
「なに?タクミ」
「…自信なんて、誰にもない、です。響会長にも。あのひといつも自信満々って感じだけど、がんばって、そう見せてて。内緒ね」
「…」
「だから僕も、がんばろうって思うんだ。響会長といると」



強い、強い瞳。でもそこには、優しさとか、そして園田に対する、愛しさ、とか。



「僕も、ピアノについてぐらぐらしっぱなしだよ。
 一哉に聞いたかもしれないけど、僕、あのひとの浮気相手で。
 それ知ってから、しばらくピアノ弾けなかったんだ」



誰にも話したことないんだけどね、これ。とタクミは言った。


そんなことがあったんだ。全然知らなかった。きっと、カズヤも知らない事実。



「でも、前に進まなきゃいけなくて。どっちが前なの?どっちに進めばいいの?って、ずっと苦しかった。

 けど、今ならわかる。進んだ方が、前なんだよね」



タクミは、俺の顔を見上げた。にこりと笑って、言う。



「僕らの前は、未来は決まってないよ。だから、進もうね」


もう一度崩壊しそうな涙腺、俺は目にぐっと力を入れて耐えた。でもタクミにはばればれで、「泣き虫さん、そろそろ行こ」と笑った。



「あ、ナツメに連絡入れとかないと」
「…」
「嫌?」
「…棗さんにまた心配かけるのかあって」
「あとで違うところから情報が入る方が心配するよ、きっと」
「…」
「園田にも、ちゃんと言いなよ?」
「、」
「親衛隊に、ふたりのことばれたんでしょう?謹慎明けてからも登校してなかったから、詳しいことはよくわかんないけどさ」



知られる前には戻れない。だから、ちゃんと、対策しないとだめだよ。



「僕、ずっと、先延ばし先延ばしにしてて。
 親衛隊として、みんなに対してこそこそするのよくないって、本当はちゃんとわかってたのに。

 ちゃんと、みんなに言います。
 みんなに言うって、響会長にも言います」


タクミに笑顔が戻って、俺は安心して「それがいいね」と言った。



「勇気がしぼむ前に今メール打っちゃおうよ」

俺もナツメにメールするし。そう言って、一緒にメールを打ちながら、ゆっくりゆっくり歩いた。


たまにふとタクミを見ると、同じタイミングでこちらを見上げたタクミと目が合って、おかしくなって笑ったりして、

「なんか顔赤くない?」と聞いたら、

「無駄に綺麗な顔なんですもん、ふみくん」だなんて、

ちょっと失礼なことを言われてまた笑った。





「俺に見惚れてたって、園田に言いつけちゃうよ?」
「俺がなんだって?」
「ウワッ!」



急にゆらりと現れた人影に驚く俺をよそに、タクミはくすくすと笑った。



「響会長、早すぎ」
「うるせ」
「またGPS?」
「いや、今日は使ってねえよ。おまえが門から歩いてるとこっつーから迎えに来た」
「授業のあとでよかったのに」
「今日、午後は自習」



3年だからな、と園田は言った。



「城崎」
「、」
「ありがとうな、匠のこと助けてくれて」
「っ、」


さすがタクミの彼氏。だからさ、俺は感謝なんてされる立場じゃないんだって。

園田にこの前のことも、謝れてないんだって。



「園田…」
「あ?」
「ごめん」
「…何が」
「自分の勝手で、タクミのこと、傷つけて、」
「………匠はおまえのこと許したんだろ。なら俺が言うことは何もねえよ」


まー、文通くらいは許してやるから。と笑う園田と「響会長、意外と心広い!」ときゃっきゃ喜ぶタクミ。



「お似合いだね」
「えっ、ほんと?」
「うん、タクミと園田、すごく似合ってるよ」
「ふみくん、ありがと」


タクミの嬉しそうな笑顔がまぶしくて、思わず目を細めた。



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