▼ 「未定」 3
謹慎が明けて、タクミへの手紙を音楽室に置いた。理事長を介して父さんから連絡を受けて、やっぱり俺は前の学校に戻ることになった。
秘書の三上を迎えにやるからと、学園を出る日にちも勝手に決められて、でもそれが、なんだか心地よくもあった。
荷造りは、すぐに終わった。
特に持ってきたものもないし、持って帰るものもない。
唯一、タクミからもらった手紙たちは、全部鞄に入れて部屋を出た。
指定されたのは平日だったから、生徒たちはみんな教室棟のほうにいる。たしか寮からは裏の門が近かったはずだから、三上にはそっちに来てもらうように頼んだ。
つまり、全部偶然だった。
「なんか言いなよ!!」
男子高校生にしては高い声。誰かの怒りが孕んだ声が聞こえて、何だろう、と思った。
でもそのあとに聞こえた、微かな「ごめんなさい」、その声には覚えがあって、ああちゃんと声が出るようになったんだよかった、って気持ち、
そしてただごとじゃないという脳内の警笛、
いろんなものがごっちゃにはなっていたけれど、気付けば俺は走り始めていた。
「どんな手を使ったのかって言ってるの!園田会長のこと脅したんでしょう?弱味握るなんて最低だよ!!」
「そんな、そんなことしてな、」
「じゃあ何?!気付いたらあんなことになってましたって?!」
「、たしかに、先ぱいたちがおっしゃるとおり、会長と近い関係になったのは本当のことです、だから親衛隊の制裁は、受けます」
でも、物を隠したり壊したりするのはやめてください、という声は、震えていた。
「タクミ!」
俺の声に、その場にいた全員がこちらを見る。ひとり、ふたり、さんにん。バッジの色から、2年生だということがわかった。
「ふみ、くん…」
「えっ、なんで城崎さんが…」
"ふみくん"。そう呼んでくれるタクミは、本当に優しい。だけど優しいからこそ、タクミはひとより傷つく。
俺も、タクミを傷つけたうちのひとりだ。
「ね、タクミ、どうして本当のことを言わないの」
「、そうだよ橋本!本当のことを言いなよ!!」
2年は、俺が一緒にタクミを責め始めたと思ったのか、語気をあらげる。
タクミはびくりと震えた。つつ、と涙がこぼれるのを見てはじめて、タクミはここまで泣かないように堪えてたんだなとおもった。
「違う、俺が言ってるのは!!タクミは被害者だってことだよ!!」
「は…」
「ねえタクミ、そうだよね?園田に騙されて、恥ずかしい写真で脅されて、いいようにされていたんだよね?」
「ち、ちがう、ふみくんやめて、」
「俺知ってるよ、タクミの携帯でメール読んだから知ってる。"来ないと写真をばらまく"とか言われたんでしょ?」
「ちがうって!!やめて!!」
タクミ、どうして園田のことかばうの。元々は園田がいけないのに、どうして本当のことを言わないの。
ねえタクミ、幸せになってよ。俺がいうのもなんだけど、そんな資格ないってわかってるけど。
ぼろぼろと泣き始めてしまったタクミは、かくりと膝を地面につけた。
2年は「聞いた話と、違う、」そう言ってタクミから少しだけ距離を取る。
俺はタクミに駆け寄った。
「はじまり、なんてっ…も、いいのに。知られたくなかった、知られたくなかったのに、ふみくん、ひどい、よ、」
流れる涙の速度ははやくて、それなのに大きな目にもたくさんの涙があふれていて、その姿はとても痛々しい。
「ごめんタクミ、でも俺、」
「僕は、響会長がすきでっ、生きる世界が違うって、ちゃんとわかってたはずなのに、いつのまにか、もっと、もっと、って求めてしまう自分をおさえられなかった、だから僕は、制裁を受けるべきで、」
「でもきっかけは園田でしょ?!」
「けどッーーは、くるし、」
「タクミ?!」
過剰なくらい呼吸が激しくなって、タクミは肩を大きく動かしながら「くるしい」と言った。興奮状態になったせいなのか、体を丸めてしまったタクミは尋常じゃない様子で。
「城崎さん、これ過呼吸、」
「えっ、」
2年のうち1人が、ぱっと走り出した。
「僕、裏門で紙袋もらってきます!」
「せんぱっ、はぁっ、ごめん、なさいっ、僕、」
「今はいいからッ!橋本くん、落ち着いて、ゆーっくり、ゆーっくり、」
残った2年がタクミの肩を抱いて、「すぅ、はぁ、そうそう、ゆっくり、」とタクミの呼吸を先導するように息をする。
「タクミ、」
俺はまた、タクミのことを傷つけた。
紙袋を持った2年が帰ってきて、それをタクミに渡す。
「大丈夫、大丈夫だから、酸素は逃げないからね、」
肩を抱く2年は、落ち着かせるよう優しい声をタクミにかけて。
「せんぱ…、ごめ、なさ、…」
きっと、園田のことでタクミは呼び出しをくらったんだろう。親衛隊には、守らなくてはいけない掟がたくさんあると聞いた。
でも、こうしてタクミが過呼吸を起こして、2年はすぐにタクミのために動いて。
タクミを傷つけるだけ傷つけた俺は、何もできなかった。
「タクミ、ごめんね、」
立ち上がって、その場を去ろうとしたけれど、
「ふみく、」
俺のズボンの裾をつかむタクミがそれを許してくれなかったから、俺はまたタクミの近くに腰をおろし、タクミを見ていた。
(見ているだけしかできなかった。)
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