▼ 「未定」 2
結局、俺は一定期間の謹慎になった。退学になると思っていたけれど、理事長の判断で公にもならなかった。
タクミへの配慮だと理事長は言った。でもきっと、俺の家との関係性からして。事実を公開することができないというのもあった気がする。
一夜明けて、俺はタクミに手紙を書くことにした。最後の手紙。謹慎が明けたら、音楽室の机に貼りに行こう。
そんなとき、インターフォンが鳴った。
「城崎くん」
「、理事長」
「前の学校の子が、君を訪ねて来ているのだけれど。どうする?会うかい」
「…え」
前の学校。誰?教師?
いや、"学校の子"と理事長は言った。つまりは、生徒。
わざわざこんなところまで来るような友だちなんて、いたっけ。
ファンクラブは解散した。
生徒会の、誰か…?
もしかして。
「会い、ます」
玄関のロックを開けると、理事長は"私はこれで失礼するね"と言って去った。
理事長の後ろから、ゆらりと現れたのは。
「おまえ…」
「城崎さん、」
「なんで…」
ー ここでよくあるドラマだったらさ。
「なんで、おまえなの」
「あの、」
「帰って」
「でも、」
「、帰れ!」
生徒会1年のカズヤ。タクミの友だち。過去、タクミの気持ちを利用して傷つけた、とそう言っていた。
「何でおまえがここにいるの」
「城崎さんに、会いに…それと橋本に、謝ってきました…」
「…へえ。なんて謝ったの?利用してごめんって?あのとき自分だけ幸せになってごめんって?俺のこと覚えてる?まさか忘れてないよねって?すげーなおまえ」
「ちが、」
「ちがくねえよ」
全然違くない。タクミのことをさらに傷つけるだけって、何でわからないんだろう。
…俺が言える立場じゃないけれど。
カズヤは俺の部屋にずかずかと入り込んで来た。カズヤと俺は同じくらいの身長だから、目線が同じで。カズヤは俺の目をじっと見る。
「、とにかく、城崎さん、戻って来てください」
「なんで?なんのために?」
そうは言ったけど、問題を起こしたことを知ったら父さんは、自分の学園に俺のことを戻すだろう。
監視しておいたほうが安心だから。父さんはそういう人だ。
「みんな、心配して…」
「"みんな"って?」
「カナメさん、とか…」
「…じゃあ、なんでおまえなの」
「へ」
「よくあるドラマだったらさ。今ここにいるのは、カナメなんじゃない?ふつう」
「…」
カズヤは何も言えないみたいで、ぐ、と言葉につまった。ねえカズヤ、それが答えでしょう。
「…なんてね。あとしばらくしたら、戻るよ」
「えっ」
「最初から、そんなに長くいるつもりもなかったしね」
「そう、ですか…」
「ね、ひとつお願いがあるんだけど」
「な、」
カズヤの言葉を遮って、その下唇に噛みついた。
驚いたカズヤが目を見開いて、その隙を逃さないようにするりと舌をいれる。
「ふ、」
「ちょ、しろさきさ、」
「"アヤ"って呼んでよ」
「、」
「ね、カズヤ…」
ー アヤ。
俺は目を閉じて、キスをどんどん深くしていった。
だからカズヤの表情はわからないけれど、カズヤが俺の腰に手をまわしたから、少なくとも拒絶はされていないらしい。
「ね、カズヤ、」
「アヤさん、」
「あ、」
腰をするりとなでられて、びくりと震えてしまう身体をおさえられない。
カズヤは俺を壁まで追いやって、俺の脚の間に膝をいれてきた。
「ん…」
「アヤさん、可愛い…」
「うるさ…」
ちゅ、と音をたてて唇が離れる。けれどそのまま至近距離で俺を見つめるその瞳は、なんだか熱がこもっているようで。
「ちゃんとがっこ戻るからさ」
「、はい」
「付き合ってるふりしてよ、俺と」
「え…」
「じゃないと、行かない」
「…でも俺、リンと付き合ってて」
「あ。そういえばそうだった。ごめん。じゃー他の誰かに頼む」
「、その誰かともこーいうことするんですか」
「さあ…」
そこまで考えてない。考えてないけれど。
「泣かないで、アヤさん、」
カズヤは俺の目を片手で覆い、そのまままた、深く口付けた。
『タクミへ
これが、最後の手紙になると思う。
あんなことをして、本当にごめん。
勝手に焦って、タクミのこと巻き込んで、
ものすごく、傷つけた。
俺も、タクミとの文通楽しかったよ。
タクミのピアノが好きだったのも本当。
俺、みんなが求める"城崎文"になれなくて
前の学校から逃げ出したくて、
その逃げ先にこの学校を選んだのは、
タクミがいたからで。
けど、信じてもらえないかもしれないね。
それは自分の行動が原因だから、
仕方ないと思う。本当にごめん。
何日かしたら、俺は前の学校に戻るよ。
本当は会って謝るべきだと思うけれど、
タクミを傷つけた俺にその資格はないから
手紙で伝えること、許してほしい。
タクミ、ごめんね。
城崎文』
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