▼ 「未定」 1
ー あなたは、響会長がうらやましいだけ。
強い目と、強い瞳。
俺が惹かれた"音"の持ち主は、目を逸らすことなくそう言った。
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「未定」
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「城崎くん。どうしてこんなことをしたの」
「…」
「城崎くん」
「…ごめんなさい」
「理由。理由を教えてほしいんだよ」
この学園の理事長である園田翔が、俺の部屋に来た。その理由はもちろん、俺がタクミを監禁したからで。
きっと園田響から連絡がいったのだろう。文化祭の途中だったから理事長は校内にいて、園田響がタクミを連れていってからわりとすぐにここに来た。
「タクミ…橋本くんのことが…好き、だったから」
「…」
嘘ではない。嘘では。
「それだけの理由で人を傷つけるなんて、君はそんなことしないと思うんだけど」
「っ、」
この人は俺の何を知っているって言うんだろう。心配そうな目が、心底鬱陶しいと思った。
みんな、こういう目で俺を見る。
前の学校にいたときからずっと。
「本当ですよ。俺がこの学校に来たのもそれが理由です」
彼のピアノが聞きたかった。ただそれだけ。
「…どんな理由にせよ、それなりの罰を受けてもらうことになる」
「覚悟してます」
俺から理由を聞き出すのは難しいと判断したのか、理事長はそう言った。
きっと俺は、退学になる。タクミのピアノ、結局ちゃんと聴けなかったな。
そんなの自業自得。分かってる。
「父は、」
「あぁ、今日は帰られたよ。まだ何も伝えてない」
「そう、ですか…」
父さんは、俺が問題を起こしたって知ってどんな顔をするだろう。またがっかりされるんだろうか。されるんだろうな。
はじめて2位をとった、あのときみたいに。
「…お父さん、喜んでいたよ」
「え」
「君が文化祭に呼んでくれたって、すごく喜んでいた」
「、っ」
「他に用事もあったみたいだけど、全部キャンセルしたって。こんな山奥まで、わざわざ来てくださったんだよ」
そうだ。父さんはものすごく忙しい人で、入学式だとか運動会だとか、仕事が入ることがほとんどだった。
それでも、と思い出す。
どんなときでも、少しだけ。少しだけ俺の顔を見に来ていたっけ。5分とか、ひどいときには3分とか。
それだけのために、父さんは学校に足を運んでいた。
「きっとそれは、全部君のためだ」
「何で…」
何で、気付かなかったんだろう。
園田響をタクミの発表に来させないため。ただそれだけのために、父さんを呼び出した。
それなのに父さんは、仕事をキャンセルしてまで来てくれた。
何で、気付けなかったんだろう。
「…ごめんなさい」
「謝る相手は、私じゃないと思うよ」
「…橋本くんにも、謝ります。それから、園田会長、にも」
彼はタクミのことを大事に想っているから、と付け足すと、理事長は少しだけ驚いた顔をした。
「だからこそ、傷つけたかったんです。園田会長が、沈むとこ、見たかった。自信とかプライドとか、そういうの全部壊れちゃうとこ、見たかった」
「城崎くん…」
こちらこそ、ごめんね。と理事長は言った。どうしてこの人が謝るんだろう。謝られることなんて、ひとつだってないのに。
「君がこの学園に転入してきたとき、もっとちゃんと、話を聞いてあげればよかった」
「、」
「"自信とかプライドとか、そういうの全部壊れちゃった"のは、城崎くん自身なんでしょう」
「っ、」
「我慢しなくていいよ。私は隣の部屋にいるから」
「うっ」
理事長が俺の寝室から出ていくよりも早く、俺の涙腺が崩壊した。
結局俺は、この学園に理由をつけて逃げてきただけだし、それらしいことを言って園田の大事なものを横取りしたかっただけだ。
そんなこと、しても意味ないのに。
ー あなたは、響会長がうらやましいだけ。
あの子には全部、ばれていた。見透かされていた。それがものすごく恥ずかしくて、でもその相手がタクミでよかった。
優しすぎる、あの子でよかった。
でも、もう会えない。
会うべきじゃない。
会う資格が、ない。
その事実がひどく哀しくて、俺は更に声をあげて泣いた。
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