にせものamoroso。 | ナノ

 求めるは、転調。 2

「城崎さん、こんにちは」
「あぁ、咲月」
「目立つから遠目でもよく分かりますね、城崎さん」
「綺麗でしょ、髪色」
「とても」



咲月は穏やかに笑う。



「ああ、そういえばこの前いただいたご意見、」
「文化祭?」
「そうです、いい案だって好評でしたよ」
「それはよかった。タクミは?」
「たくみ…?」
「1年でピアノ弾く子、いない?」
「ピアノ…あぁ、1年かどうかは分からないですが、いらっしゃいますね。会長がふき出していたので印象的で」
「園田が…?」
「そうです、あの園田会長が」



意外でしょう、とくすくす笑う咲月はとても楽しそうだ。

俺の知っている限り、園田が人前でそんなに笑うなんて珍しいけど、何がツボに入ったんだろう。



「その子、ワルツを弾くみたいなんですが、もう1曲は"未定"で」
「未定?」
「"未定って何だ…"と肩を震わせていましたね」
「何がおもしろいの?全然わかんない」
「私もわかりません」



わからないけど、楽しそうで何よりです。と咲月は言った。



「最近、雰囲気が柔らかくなった気がして」
「園田って元々物腰柔らかいでしょ」
「うーん…言葉にするのは難しいですね。この前も、どなたかと夕食の約束をしていたみたいで、そのときの電話もとても楽しそうだったんです」
「上村とか?」
「さあ…そこまでは。でもたしかに、上村さんと仲がいいんですよね、お茶会にも一緒に出席されているし」
「お茶会…」



そういえば誰かも言っていた気がする。お茶会に行けば、タクミのピアノが聴けたりするんだろうか。



「親衛隊に興味があるなら、古賀くんに聞いてみるといいですよ。彼は2年のリーダーです。日程調整などは古賀くんが担当しているそうです」



そう言われて放課後、古賀ナツメに会いに行った。突然のことに驚いていたけれど、タクミの話を出したらすぐに食いついて。



「城崎さんは、橋本くんとどんな関係なんですか?」
「んー、秘密の関係」
「秘密って!もしかして、」
「もしかするかもね?」
「わあ…それ、隊長も知ってますか?」
「上村?どうだろう。なんで?」
「いや、なんとなく…」



ああ、そういうことか。



「うそだよ、秘密なんて。言ってもいいよ?タクミは恥ずかしがるかもしれないけど」




明らかに嬉しそうな顔で、ナツメはうなずいた。

上村がタクミに対して特別な感情を抱いているとは思えないけど、きっとこの子からしたらタクミが邪魔なんだろうな。



タクミがいなかったとして、自分を好きになってもらえるわけではないのに。



愚かな子。

でも、愚かな方が可愛いよ。






寮に帰るため、渡り廊下を歩いた。そこで、声が聞こえて。


前にもこんなことがあったな。だから嫌な予感しか、しないけれど。




校舎の壁を背に、誰かが座り込んでいるのが見える。





「出るのおせぇよバカ。…まぁいいけど」



それは、電話をしている園田だった。





「なに、その顔…」

何なの、その顔。その、満たされたような顔。



おかしい。だって、園田はお荷物でしょう。園田家で期待もされていない存在でしょう。




焦らないの?

焦りなよ。

焦るべきだ。




どこかの誰かさんみたいに。




からりと、校舎の窓が開いて、そこから顔を出したのは、タクミで。



「何なんだよ…」



みんなして、なに考えてんのか、全然わからない。



タクミが伸ばした手を、園田が当然のようにつかんだ。そしてそのまま立ち上がる。

しばらくそれをぼうっと見ていたけれど、俺は早足で校舎に向かう。



「ステージ発表のリストにおまえの名前あったから驚いた。しかも曲は"未定"ってなんだよ"未定"って。はやく決めろよ」




そう言って笑う園田。




そうか、



どうして"未定"でそんなに笑えるかなんて、


俺にわかるはずがない。




タクミのことを好きな園田だけが、わかることなんだ。



「あれ、タクミー?」



俺が声をかけると、タクミは驚いた顔で振り返った。慌てて手を離したその姿は、気付かないふり。



「タクミ、寮に帰るとこ?送るよ」
「いっけん、電話かけていいですか?」


そう言ってタクミはどこかに電話をかけ始めた。

必死な顔。その内容で、相手が園田と分かってとてもがっかりした。




「あの、僕の…、僕のワルツ、ききにきて、ほしいです」




ねえタクミ、俺だって聴きに行くよ。

行くけど、

「聴きに来て」って、言ってよ。






「ねえタクミ、アイツのことも知ってるよ。

 "カズヤ"だっけ?」




そうじゃないならどうか、傷付いて。




「求めるは、転調。」おわり


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