▼ 求めるは、転調。 2
「城崎さん、こんにちは」
「あぁ、咲月」
「目立つから遠目でもよく分かりますね、城崎さん」
「綺麗でしょ、髪色」
「とても」
咲月は穏やかに笑う。
「ああ、そういえばこの前いただいたご意見、」
「文化祭?」
「そうです、いい案だって好評でしたよ」
「それはよかった。タクミは?」
「たくみ…?」
「1年でピアノ弾く子、いない?」
「ピアノ…あぁ、1年かどうかは分からないですが、いらっしゃいますね。会長がふき出していたので印象的で」
「園田が…?」
「そうです、あの園田会長が」
意外でしょう、とくすくす笑う咲月はとても楽しそうだ。
俺の知っている限り、園田が人前でそんなに笑うなんて珍しいけど、何がツボに入ったんだろう。
「その子、ワルツを弾くみたいなんですが、もう1曲は"未定"で」
「未定?」
「"未定って何だ…"と肩を震わせていましたね」
「何がおもしろいの?全然わかんない」
「私もわかりません」
わからないけど、楽しそうで何よりです。と咲月は言った。
「最近、雰囲気が柔らかくなった気がして」
「園田って元々物腰柔らかいでしょ」
「うーん…言葉にするのは難しいですね。この前も、どなたかと夕食の約束をしていたみたいで、そのときの電話もとても楽しそうだったんです」
「上村とか?」
「さあ…そこまでは。でもたしかに、上村さんと仲がいいんですよね、お茶会にも一緒に出席されているし」
「お茶会…」
そういえば誰かも言っていた気がする。お茶会に行けば、タクミのピアノが聴けたりするんだろうか。
「親衛隊に興味があるなら、古賀くんに聞いてみるといいですよ。彼は2年のリーダーです。日程調整などは古賀くんが担当しているそうです」
そう言われて放課後、古賀ナツメに会いに行った。突然のことに驚いていたけれど、タクミの話を出したらすぐに食いついて。
「城崎さんは、橋本くんとどんな関係なんですか?」
「んー、秘密の関係」
「秘密って!もしかして、」
「もしかするかもね?」
「わあ…それ、隊長も知ってますか?」
「上村?どうだろう。なんで?」
「いや、なんとなく…」
ああ、そういうことか。
「うそだよ、秘密なんて。言ってもいいよ?タクミは恥ずかしがるかもしれないけど」
明らかに嬉しそうな顔で、ナツメはうなずいた。
上村がタクミに対して特別な感情を抱いているとは思えないけど、きっとこの子からしたらタクミが邪魔なんだろうな。
タクミがいなかったとして、自分を好きになってもらえるわけではないのに。
愚かな子。
でも、愚かな方が可愛いよ。
寮に帰るため、渡り廊下を歩いた。そこで、声が聞こえて。
前にもこんなことがあったな。だから嫌な予感しか、しないけれど。
校舎の壁を背に、誰かが座り込んでいるのが見える。
「出るのおせぇよバカ。…まぁいいけど」
それは、電話をしている園田だった。
「なに、その顔…」
何なの、その顔。その、満たされたような顔。
おかしい。だって、園田はお荷物でしょう。園田家で期待もされていない存在でしょう。
焦らないの?
焦りなよ。
焦るべきだ。
どこかの誰かさんみたいに。
からりと、校舎の窓が開いて、そこから顔を出したのは、タクミで。
「何なんだよ…」
みんなして、なに考えてんのか、全然わからない。
タクミが伸ばした手を、園田が当然のようにつかんだ。そしてそのまま立ち上がる。
しばらくそれをぼうっと見ていたけれど、俺は早足で校舎に向かう。
「ステージ発表のリストにおまえの名前あったから驚いた。しかも曲は"未定"ってなんだよ"未定"って。はやく決めろよ」
そう言って笑う園田。
そうか、
どうして"未定"でそんなに笑えるかなんて、
俺にわかるはずがない。
タクミのことを好きな園田だけが、わかることなんだ。
「あれ、タクミー?」
俺が声をかけると、タクミは驚いた顔で振り返った。慌てて手を離したその姿は、気付かないふり。
「タクミ、寮に帰るとこ?送るよ」
「いっけん、電話かけていいですか?」
そう言ってタクミはどこかに電話をかけ始めた。
必死な顔。その内容で、相手が園田と分かってとてもがっかりした。
「あの、僕の…、僕のワルツ、ききにきて、ほしいです」
ねえタクミ、俺だって聴きに行くよ。
行くけど、
「聴きに来て」って、言ってよ。
「ねえタクミ、アイツのことも知ってるよ。
"カズヤ"だっけ?」
そうじゃないならどうか、傷付いて。
「求めるは、転調。」おわり
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