にせものamoroso。 | ナノ

 求めるは、転調。 1

転調。

曲中で調をかえること。




かわりたい。かえたい。





シャープでも、フラットでも。



なんだっていいから、俺を、かえて。









久しぶりに携帯を触った気がする。

電源がついた瞬間振動するそれを、思わずテーブルに置いた。

今までどっかにたまっていたメールを一気に受信したみたいで、俺はしばらくそれを眺めていた。



不在着信にも同じ名前が並んでいて、それをひとつひとつ確かめるようにして削除して、

一人の後輩に電話をかける。




【えっ?もしもし、城崎さん?!】
「…」
【城崎さんですか?!今どこですか?!みんな心配して、】
「ねえ」
【はい、】
「橋本タクミと仲良かったんだよね」
【え…】
「付き合ってはないけど利用したってどういう意味?君、他に付き合ってる子いるよね確か」
【そんなことより、】
「切るよ?」




タクミのコンクールで、そんなことを言っていたはず。

タクミのことが知りたい。

タクミについて聞けないなら、別に用はない。




タクミ、タクミ、タクミ。




転調。





【…それ、答えたら今どこにいるか教えてくれますか】
「…誰にも言わないなら」
【誰にもって、カナメさんにも、ですか?】
「誰にも」
【…】
「他あたる。じゃあね」
【た…橋本は…、浮気相手、でした。本人は、それ知らなくて、】
「…思った以上に最低な話」
【すいません】
「俺に謝られても」
【それで…城崎さんはどこにいるんですか…】
「察してよ。橋本タクミがほしくてこの学園に来たわけ」
【え、】
「内緒ね?ばいばい」




ああ、タクミ。可哀想な子。

俺が深海に連れて帰ってあげるよ。

音の届かない場所で、静かに眠ろう。




後輩が付き合ってるのって誰だったかな。ついでに聞いておけばよかった。

電話帳から、知っていそうな友人にメールを打つ。



「リン、か。そういえばそんな名前だったかも」



橋本タクミって子のこと、聞いておいて。と返信して、俺は目を閉じる。




はやく、タクミのピアノが聴きたいな。




親衛隊室で弾いていることもあるって、クラスメイトが言っていたっけ。

その部屋は部外者でも入れるんだろうか。





また振動。




テーブルに手を伸ばし、俺は留守電もすべて削除した。

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