▼ 求めるは、転調。 1
転調。
曲中で調をかえること。
かわりたい。かえたい。
シャープでも、フラットでも。
なんだっていいから、俺を、かえて。
久しぶりに携帯を触った気がする。
電源がついた瞬間振動するそれを、思わずテーブルに置いた。
今までどっかにたまっていたメールを一気に受信したみたいで、俺はしばらくそれを眺めていた。
不在着信にも同じ名前が並んでいて、それをひとつひとつ確かめるようにして削除して、
一人の後輩に電話をかける。
【えっ?もしもし、城崎さん?!】
「…」
【城崎さんですか?!今どこですか?!みんな心配して、】
「ねえ」
【はい、】
「橋本タクミと仲良かったんだよね」
【え…】
「付き合ってはないけど利用したってどういう意味?君、他に付き合ってる子いるよね確か」
【そんなことより、】
「切るよ?」
タクミのコンクールで、そんなことを言っていたはず。
タクミのことが知りたい。
タクミについて聞けないなら、別に用はない。
タクミ、タクミ、タクミ。
転調。
【…それ、答えたら今どこにいるか教えてくれますか】
「…誰にも言わないなら」
【誰にもって、カナメさんにも、ですか?】
「誰にも」
【…】
「他あたる。じゃあね」
【た…橋本は…、浮気相手、でした。本人は、それ知らなくて、】
「…思った以上に最低な話」
【すいません】
「俺に謝られても」
【それで…城崎さんはどこにいるんですか…】
「察してよ。橋本タクミがほしくてこの学園に来たわけ」
【え、】
「内緒ね?ばいばい」
ああ、タクミ。可哀想な子。
俺が深海に連れて帰ってあげるよ。
音の届かない場所で、静かに眠ろう。
後輩が付き合ってるのって誰だったかな。ついでに聞いておけばよかった。
電話帳から、知っていそうな友人にメールを打つ。
「リン、か。そういえばそんな名前だったかも」
橋本タクミって子のこと、聞いておいて。と返信して、俺は目を閉じる。
はやく、タクミのピアノが聴きたいな。
親衛隊室で弾いていることもあるって、クラスメイトが言っていたっけ。
その部屋は部外者でも入れるんだろうか。
また振動。
テーブルに手を伸ばし、俺は留守電もすべて削除した。
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