にせものamabile。 | ナノ

 A-dur 17

ずず、と思わず右足が後ろに下がった。エレベーターの扉はすでに閉まっていて、トンと背中に固い感触。


「なんで逃げてんの、おまえ」


そう言って園田さまが僕の方に歩いてくるから、僕はエレベーターのボタンを押した。すぐに開いた扉の中に入り[閉]のボタンを押したあと、持っていたカードキーをかざす。


「あれ、」


1階が光らない。さっきは自動で最上階に行ったのに。試しにいろんな階のボタンを押してみても、何も起きなかった。


「残念。そういう設定」


エレベーターの扉が外からひらかれたらしく、園田さまが僕の腕を引っ張った。最後に会ったのは、1学期最後のお茶会。そのときの軽蔑するような目を思い出して、目を伏せる。


「おまえのキーはここの階しか押せねんだよ」
「…」
「なんで自分のキーで特別棟が開くのか不思議じゃなかった?」
「だって…」


カードキーを持っているひとはみんな入れる棟なんじゃないの?と思ったけれど、よく考えると”特別”棟。学年棟とはちがうんだ。どんなところなのか、のむちゃんに聞いてから来ればよかった。


そんなことを考えていると、エレベーターから引きずり出されるようにして、僕は廊下に立った。ぐい、と顎をつかまれ上を向かされて、僕はその手首をつかみ振り払う。


「お、遅くなって、申し訳ございませんでしたあ。他の方に迷惑かけたらいやなんですけどお、集合場所はあちらのお部屋ですかあ?」
「はは、おまえ何言ってんの?おまえだけだよ、来るの。呼び出したのは、俺」
「は…」


メール見て来たんだろ、と園田さま。それはそうだけど。あんな簡潔なメールだけではそんなことわからない。でもよくよく考えると、宛先は僕だけ。差出人は「s1105@〜」で、3年の幹部の方々でも2年のリーダーでもない。


「菫に頼んでメーリスに入れてもらったんだよ。緊急の連絡があったときに困るから、とか適当なこと言ってさ。個人宛に送ることもできるだろ?これ」


…そうか、あれは園田さまのアドレスだったのか。園田の「s」に、「1105」は誕生日とかかな。「誕生日は秋」、たしか前にそう言っていた気がする。



「好意は”にせもの”ねえ…?何だかんだリーダーとかなっちゃって、おまえ本当は期待してたんじゃねえの?」
「期待…?」
「こうやって俺に呼び出されること」


園田さまはまた僕の手首をつかんで、「来い」とだけ言って歩き出した。そんなことを言われなくても、僕の力じゃ彼に適うはずもなくてそのまま半ば強制的に連れていかれる。握力だったら、自信があるのに。全然振りほどけない。



「先日っ…!園田さまに、失礼な口のききかたをしたのは、謝ります。申し訳ございませんでした。でも僕、あなたに呼び出される理由は、ないと思いますけど…!」
「はぁ?それを決めるのはおまえじゃねえ、俺だ。」
「そんな、」


器用に片手でカードキーを取り出した園田さまは、扉にそれをかざした。僕の部屋と比べて豪華なつくりの扉だけれど、ピピッという音は一緒なんだな、なんて半分、現実逃避。


扉が開くと、園田さまはそのまま歩みを進めていった。手首をつかまれたままの僕もそれは同じで、カチャリと自動で閉まった鍵の音で、ようやく我にかえる。園田さまが何を考えているのかわからない以上、密室にいるのはこわい。


「僕、帰ります、帰らせてください、」
「うるせえ」
「土足だし、」
「後で清掃が入るし問題ねえよ」
「そういう問題じゃ、なくて、」
「俺の部屋、どう使おうがおまえに関係ねえだろ」


“俺の部屋”…?ここは、園田さまの部屋なの?たしかにすごく広い廊下。どこもかしこもピカピカ。僕の部屋と比べたら、何倍の広さなんだろう。



「やだ、帰る、」
「おまえに拒否権はねえって言ってんだろ?」
「わ、」


部屋に入ったとたん、投げ出されるようにして手を離された。突然のことにバランスを崩し、そのままベッドに倒れこむ。なにこれ、すごいふかふか!…ってそんな悠長なことを言っている場合では、ない!


「なんなんですかぁ…」
「おまえこそ何なんだよ」
「、」
「何が本当なわけ?その声は?この前言ったことは?どれが本当のおまえで、何考えてるんだよ、ほんっと意味わかんねえ。」

ベッドに倒れこむ僕の腕を抑え込んで、見下ろすように園田さまが僕の顔をじっと見る。


「僕は、なにも、考えてないです、ただの、庶民、ただの、生徒、ただの、親衛隊、ただの、」



「知ってる。だからうぜえんだよ、おまえ」
「、」


何なの。じわりと熱くなる目に、力を入れた。僕はこんなことで泣くわけにはいかない。僕は前より、強くなった。まだまだ小さいけれど、自分にはなまるをあげられるくらいには。



「も、離して…」
「もっと喜べよ、俺が直々に呼んでやってんだぞ」



全然うれしくない。“うざい”のに、なんで呼ぶの?失礼な態度をとった、僕を傷つけるため?何考えてるのか、だなんて、僕の方が聞きたいくらいだ。



「親衛隊、泣くほどうれしいか?」



す、と園田さまの顔が近づいて、彼の唇が僕の唇に重なった。


つつ、と涙が一筋落ちる。


“親衛隊”。
僕の名前すら呼ばないひとに、触れられるのは、いやだ。


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