にせものamabile。 | ナノ

 A-dur 12

「止まない雨はない」とは言うけれど。

晴れの日が続くことも、ない。



人魚姫が住んでいたという海の底に雨は降らなかっただろうけれど、光はちゃんと届いていたのかな。




「おめでとう、橋本くん。君、1年のリーダーに決まったよ」
「棗さん!え、ほ、ほんとですかぁ?」
「本当!これからよろしくね」
「はい!よろしくお願いいたしますー!」


2年のリーダーのひとりである棗さんに呼び出されて、僕もリーダーの仲間入りを果たしたことを知った。



「今年は、何人いるんですかぁ?」
「3人かな。橋本くんの他に、2人。えっと、」


棗さんが挙げた名前は、潤ちゃんではなくて。


「そう、ですか…」
「浮かない顔だね、皆川くんが辞退したのやっぱりショック?」
「え…」
「ふたり仲良いし、さみしいよね。でも、橋本くんにはとっても期待してる。 」


この前もしっかり自分の意見言えてたしね、と棗さん。


ありがとうございます、と何とか答えたけれど、僕の心はざわりざわり。


辞退。
そっか、つまり潤ちゃんは、結局作文を出さなかったんだ。


棗さんは、僕らが仲良しって言ったし、僕自身もそう思っているけれど、いや、思っていたけれど、どうなのかな。

潤ちゃんがリーダーを辞退したのは知らなかったし、本当に仲がいいって言えるのかな。



いつまで経っても、距離が近づいている気がしないんだ。



僕は友だちが少なくて、だからこそ、大事にしたいとは思っていて、でも今まで仲良くしてくれる特定の友だちなんていなかったから、わからない。


どうしたら、もっと近づけるんだろう。どうしたら、もっと知ることができるんだろう。知ってほしいって思ってもらえるんだろう。



「たしかにさみしいです、でも僕、がんばります。作文に書いたことに、嘘はありません」
「そっかそっか、期待してるよ。
 …あの、変なこと聞くけどさ」
「?」
「橋本くんは園田さまのことが好きで親衛隊に入ったんだよね?」
「え…」


僕が園田さまにキョーミないって、ばれちゃってるのかな。ちゃんと活動しているつもりだったのだけれど。


「いやほら、例えば他に好きな人がいるけど親衛隊がなかったからこっちに入ったとか…」
「?そのひとに親衛隊がなかったら他のひとのに入るってことですかぁ?」
「例えばだよ?例えば!その好きな人が親衛隊にいるからそこに入った、とかさ…」


そういえば親衛隊に入っているひとには、親衛隊が作られないんだっけ。それもあって僕はどこかの親衛隊に入ろうと思ったんだ。


「親衛隊にいるから親衛隊が作られなかったひと…す、…上村さんみたいなひとのことですかぁ?上村さんがすきだから園田さまの親衛隊に入る、みたいな…」
「や!例えばだけど!ほんと!」


いきなり棗さんの顔が真っ赤になって、とても焦っていて。


ー 悪いけど、お前の気持ちには応えられない
ー そうですか…。他にすきなひとがいるんですか?例えば1年の橋本くんとか…


あ。思い出した。

夏休み前のお茶会に向かう途中、菫さんへの告白現場に遭遇したけれど、想いを告げていたのは棗さんだった。声しか聞こえなかったけれど、今確信。



「ほ〜なるほどぉ。僕の場合はそういう理由じゃありませんよお。園田さまがすきだから、親衛隊に入りましたあ。上村さんがすきだからではないですよお」
「ほっ、そっかー…いやいや、隊長は、一例だからね?一例!」


今、ナチュラルに「ほっ」て言いましたけど、棗さん。でもまぁ、僕は大人なので知らないふりしてあげますけど!


「あ、リーダーになったこと、他の子に言ってもいいんですかあ?」
「いいよーじきにメーリスで発表されるし。皆川くんに報告するの?」
「はい!」


改めて、よろしくね。と差し出された右手を握り返して、棗さんとわかれた。


「えっと…"潤ちゃん、報告があるよ!電話していい?" 送信!」


やっぱり、一緒に活動した潤ちゃんに、最初に報告したいなって。

それにもしかしたら、話してくれるかもしれない。リーダー辞退した理由、とか。潤ちゃんの口から。



ヴーヴー


「うわっ早!てか電話!もしもし、潤ちゃん?電話ありがとお!」
『匠ちゃん?メール読んだよ!どうしたの?』
「僕、リーダーに決まったよ!」
『えっ本当?!おめでとー!!』
「ありがと!がんばるね!」
『そっかー、リーダーかぁ。匠ちゃんが遠いひとになっていく〜』
「あはは、何それ!そんなことないよ!」
『ごめんね、僕やっぱりリーダーになる自信?なくて。諦めちゃった』
「そっかぁー…」


…やっぱり、僕なんかにちゃんとした理由教えてくれないよね。

ざわりざわり。


『いいなぁ、匠ちゃん。園田さまのことだいすきだもんね。すきなひとの親衛隊にいられて、その上リーダーだなんて』
「…潤ちゃんだって、そうじゃない。リーダーではないけどぉ、だいすきな園田さまの親衛隊にいるよ?」
『そうだけど…』
「それに、親衛隊だからって、リーダーだからって、すきなひとに近づけるわけじゃないしねぇ」


現に、園田さまと僕の距離は果てしなく遠い。


ー 雲の上の存在。


いつだっから、潤ちゃんとそんな話をしたなぁ。まさに、雲の上。住む世界が違う。


『そりゃ、分かってるよ?その人の親衛隊にいたからって、リーダーになったからって、近い存在になれるわけじゃないって。生徒会に入るとかしない限り、無理だよね。補佐の子たちみたいにさ』
「…」
『聞いたよ、園田会長親衛隊が静観を決めたのって、匠ちゃんの意見なんだってね』
「一応、僕の意見として、伝えた、けれど…」
『すごいよね、匠ちゃんは不安じゃないの?園田さまの近くにあんなに可愛い子たちが近づいてさ、よく平気だね』
「何それ?だってあれは、正式に決まったお仕事だもの。だからって僕たちが制裁するの?おかしい、そんなの」
『そうだけど…ほんと、匠ちゃんって"いい子"だね』
「…」
『……ごめん、なんか僕冷静じゃない。切るね』


電話はあっさりと切れて。


仲良くなりたかったのに。もっと近くにって思ったのに。

喧嘩、しちゃった…。




電話が切れた音が、いつまでも耳に残った。

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