にせものamabile。 | ナノ

 G-dur 17

そんな風に日常を過ごしていたら、月曜日がやってきてしまった。


僕はレッスン棟への道を歩いている。足どりは、重い。一歩一歩足を動かすのにものすごくエネルギーが必要だった。

レッスン室に着くと、いつもどおり部屋のドアは大きく開いてあって、先生は僕を待っていてくれて。防音の重い扉を閉めながら、僕は部屋に入る。


「さあ、始めようか」
「…はい」


指ならしに練習曲から入る。あえて動かしづらい指を動かすような音の並びになっていて、そのおかげで指がほぐれた。最初は少し力が入っていた僕も、途中から指と指が自然に音を奏でられるようになっていた。

でも。


「…もう一度」
「っ、はい」


今日はミスタッチばかりが続いた。練習曲はそれほど感情を込めて弾く要素はないけれど、集中して確かに音を並べていく必要がある。注意力が散漫になると、弾きづらい音符の連なりをひとつ落としたり、近くの音と濁ったり。


「…匠くん、集中して」
「はい」


もう一度同じフレーズを弾いて、次に進むとまたつっかえた。いつもならこんな間違えしないのに。


「…今日はどうしたの、いつもと全然違うよ。君のことだから練習をさぼったわけではないんだろう?」
「はい、練習、は、してきました…」
「悪い癖だよ匠くん、君はいつも自分の心に引きずられすぎる。なんだか、酷い顔をしているよ」
「、ごめんなさい」
「今日は終わりにしようか」
「え…」


これは初めてのことではなかった。半年前、僕は同じ状態になって、先生は途中でレッスンを止めた。街を降りられなくなったあの週末、その直後の月曜日に。


(…ああ、僕は何も変わっていない。進んでいない。僕はずっと、あの日に取り残されている)


「…ありがとうございました」
「また来週ね」
「はい…」


来週までに、気持ちを落ち着けなさいと言われた気がした。


コンクールについては、先生が考え直すと言っていた。チャンスとはいつもそういうものだ。与えられた瞬間に掴まないと消えてしまう。それがわかっているのに、僕はどうしてすぐに決められなかったんだろう。



一哉と再会して、僕の心は落ち着いたはずだった。街に降りることも、今ならできるかもしれなかった。全てが不確定ではあるけれど、それでも、迷ったのは僕の弱さだ。




(…出てやる!出てやる出てやる出てやる!)




僕は悔しかった。どうしようもなく。


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