▼ G-dur 19
「つかお前、今日いなかったじゃねえか」
「?いますよここに」
「ちげえよ馬鹿、親衛隊の会にだよ」
「あー、お茶会ですか?用事があったもので」
「用事?会よりも大事だっつーのか」
「えー…」
そりゃお茶会とピアノのレッスンを天秤にかけたら、お茶会がぴょーんっと飛んでってしまうくらいの勢いでピアノの方が重いと思う。けれど、僕はいちおうは響会長の親衛隊にいるわけだし、彼のことをミーハーにでもすきではないとおかしい。
「お茶会は行きたかったですけど、月曜はだめなんです、ピアノのレッスンがあるから」
「ピアノ?」
「特待生なんです、僕がこの学校にいられるのは、ピアノをがんばるって約束をしたからなんです」
そうなのだ。僕は特待生。お金を払うかわりに、僕はピアノをがんばることを約束している。だから、がんばるのは当たり前だ。
「ふうん…じゃあお前、菫と仲よかったりすんの」
「すみれ…?すみれってもしかして!」
「上村菫(かみむらすみれ)。俺の親衛隊の隊長だろ、あいつ。俺とは腐れ縁」
上村菫さんは、僕と同じ特待生。僕よりふたつ年上だから、…そっか響会長と同じ学年なんだ。僕が中学1年のとき3年で、そんなにたくさん話したというわけではないけれど、菫さんのピアノは大好きだった。特に繊細な曲を奏でるその姿はうっとりしてしまうほどで。
「菫さんは、僕の憧れです!菫さんの出す音ってものすごくきらきらしていて!見た目の可憐さも相まっておとぎ話の中にまぎれこんだような気持ちになります」
お元気かなあ、と菫さんを思い出す。白い肌、金色に近い明るい茶色の髪。ハーフの彼の目は色素がうすくて、肌がきめ細やかで、まるでフランス人形みたいだったのをよく覚えている。
「おとぎ話ねえ…もしかしてお前、最近あいつに会ってないの」
「菫さんが高校生になってからは、お会いしていない気がします。お元気ですか?」
「あぁなるほどな…まぁ、いつか会えんだろ」
「…そーですか」
たしかに隊長さまならいつか会えるのかな。むしろ、今までお会いできなかったのが不思議なくらいだ。麗しいあのお姿を思い出したら、涙も乾いた。
「ご機嫌だなあお前。さっきまでぴーぴー泣いてたっつのに」
「あれは心の汗です青春なのです!」
「自分で言うな馬鹿」
「いてっ!そんなことすると、みんなに本性ばらしますよ」
「ほぅ…お前言うようになったじゃねえの、何様だ?あぁ?」
「すみませごめなさ申し訳ありませ」
「"ん"まで話せこの大馬鹿ヤロウめ」
「いてっ!これ以上頭悪くなったらどーするんですか!」
「それもそうだな、やめてやろう」
「それはそれで失礼です!」
「ははは、お前ほんとうけるわ」
意外と響会長は豪快に笑うんだなあと思った。口を大きく開けて、大きな声で、おかしそうに。こんな響会長は初めて見たけれど、みんなも見たことないかもしれない。もしみんなが見ていたとしたら、今以上にわーきゃーされてしまう気がする。だって普段の響会長よりも親しみやすくて話しやすいもの。人見知りの僕が言うんだから間違いない。
「響会長が本性隠してるのって、もっと人気出たら困るからなんですか」
「…は?」
「あ、電話!僕、そろそろ失礼しますね。ありがとうございました」
「…何が?」
「いろいろです!さまざまです!」
意味わかんねえ、そう笑う響会長を一人残し、寮への道を歩き始める。
「もしもしい、あ、歩先ぱい!木曜ですかあ?行きますよお、あはは、今日は用事があったんですってばあ」
電話の主は歩先ぱいだった。なんで今日のお茶会来なかったの?!とぷんすか怒ってる。何回も、月曜は欠席するってちゃんと言ってあったはずなのだけれど、おいでと怒ってくれるのはなんだかうれしい。
次のお茶会は木曜にあるらしく、「その日は園田さまが来ないから残念だけどたくみちゃんは来るよね?ね?ね?」と軽く脅してくる歩先ぱい。元々そのつもりだったからそう伝えたら、歩先ぱいは満足したのか、約束だからね!と電話を切った。
相変わらず嵐みたいなひとだなあ、と僕は思った。
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