▼ G-dur 15
陸の世界に"ひとり"ぼっち。
数えられ方までかわってしまったお姫さまは、どうしてまっすぐ進めたのだろう。
ぽん、と授業中にメールを受信した。
「誰だー、今メール受信したやつー。マナーにしとかないと没収するぞ」
「「「あはは、誰だろうねー」」」
ぷんすか怒る先生から僕をかばってくれた周りの子たちに、ごめんねと謝ってこっそり携帯をサイレントモードにした。そしてまたまたこっそり、メールを開いてみると潤ちゃんからだった。
【来週のお茶会、園田さまいらっしゃるらしいんだけど、行くよね?】
次のお茶会は、たしか月曜だった。月曜はピアノのレッスンがあるから参加できないと、先ぱいには欠席の連絡をした気がする。僕は膝の上に乗せた携帯をするすると操作して、「ごめんね、行けないんだあ…」と書いて送信ボタンを押す。
慣れとはおそろしいもので、黒板の前に立つ先生の隙を見ながら片手で文字を打つのが上手になってしまった。ますます勉強についていけなくなるから、これからはぽっけじゃなくてかばんに入れておくことにしよう。
そう思ったけど、すぐに潤ちゃんからの返信きた。
【そっか…残念…また今度一緒に行こうね?】
それを読んで、僕はため息をついた。
(お茶会行きたかったな…)
…いや、これは語弊があるな、むしろ、
(レッスンに行きたくない…)
行きたくない、と思ったのは久しぶりのことだった。練習は毎日欠かさずしているし、その一週間の努力を先生に見てもらうことは光栄なことで。全てがうまくいくわけではないけれど、先生がくれる言葉を咀嚼して、練習して、自分のものして。そうやって少しずつ曲が完成に向かうのはとてもたのしい。
そして実際、本当の意味で"完成"というものはないから、これからもっとよくなるかもしれない、次はもっといい音が出るかもしれない、そんな期待をいつまでも持っていられることがしあわせだ。
だから僕がレッスンに行きたくないと思うことは珍しい。その理由はひとつ。前回のレッスンでの、先生からの提案だった。
『匠くん、次のコンクールに出てみないかな。僕は君を推したいと思っているのだけれど。』
『コンクール…』
『開催は夏だよ、だから少し時間があるね』
『…考えて、みます。ちなみに場所は、』
『あぁ、たしか前に一度行ったことがあると思うよ、
この山を降りて少し電車に乗ると大きな街があるだろう、そこの中学校を借りて開催するらしい。』
あぁ、それは一哉の母校だ。そして、僕と一哉が出会った場所でもある。
『いい返事を待っているね』
先生のその言葉で、レッスンは終わった。出るか出ないか。その返事を、僕は次のレッスンでしなくてはいけない。出たいか出たくないか。それで言うなら僕は出たい。先生の期待にこたえたい。だけど、出られるか出られないか。そう考えるとどうだろう。
僕は街に降りられない。
学校の外のことを考えると頭が痛くなる。街へ降りようとすると過呼吸を起こす。そんな風に未だに縛られている僕が一哉の母校でピアノを弾けるだろうか。
『お前のピアノ、好きだよ』
一哉が唯一自分から好きと言ってくれたのは、後にも先にもあのコンクールでの僕のピアノ。だからこそこわい。
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