にせものamabile。 | ナノ

 F-dur 14

冬休み。ことしはちゃんと、実家に帰ることにした。

去年の冬は街におりることすら難しくて、だから年末年始は寮で過ごしたなあと思い出す。

両親が海外に行ってしまったとか、仕事で忙しいとか、そんなことがこの学園では当たり前にあって、だからお正月も寮から人がいなくなることはなかった。

だから自分が「浮かない」ことはとても助かった。


でもそのせいで父さん母さんに心配かけてしまったのは反省していて、「今年はちゃんと帰るよ〜」って連絡したとき2人が喜んでくれて、ごめんなさいって改めて謝ったっけ。





今日はひびきと街に遊びに行くことになっていたので、そわそわしながら靴を履いていると母さんに話しかけられた。




「匠、今日でかけるんだっけ?」
「あ。うん昨日言ったつもりだったけど忘れてたらごめんなさい!夕飯も食べてくるね!」
「そっか、気をつけてね。ちなみにどこ行くの?」
「えっ」
「えっ?」
「あ、と、友だちと遊んで、きます」
「あら、一哉君?」



一哉とのあれこれを母さんが知るはずもなく、僕が外で遊ぶ友だちイコール一哉ということになっている。

でもね母さん、僕にはもうたくさん友だちがいるんだよ!


「ちがうよ、学校の、えーっと…先輩!」
「あら、新しいお友達?」
「そ」


お友だち、ではないんだけどな。ないんだけど、他に説明できる言葉も持ち合わせてないので短く返事をした。

本当は友だちではないし、ただの先輩でもないし、すきな人で、もっと言えば恋人で。でもそれって、親の立場からしたらどうなんだろう。反対、みたいなのされるのかな。



「今度連れてきなさいよ、その子」
「えっ」
「だって匠の学校のお友達なんて、会ってみたいじゃない」
「…」
「あ、でもこんな庶民のおうちじゃびっくりするかしら?」
「それはないと思う。そういうのばかにしたりするようなひとでなないよ」
「…そっか。じゃあ約束ね」
「えっ!」
「いってらっしゃい」




この状態になった母さんに何を言っても無駄なので、「行ってきます」と家を出た。

もしひびきを家につれてきたら、母さんびっくりするだろうな。あんなにかっこいいひとが来るなんて。しかも理事長の従兄弟だなんて思ってもみないだろうな。







「は、はやく来すぎた………」



電車が遅れたらどうしようとか、そういうの考えすぎて普通に30分くらい早くついてしまった。

待ち合わせの駅ちかくにある噴水。ベンチに向かって、緊張をまぎらわせる。


だってはじめてだよ!こんな風にひびきと待ち合わせするの。

どんな服で来るかなとか、どんな顔で来るかなとか。どきどきが止まらない。



何度目かの「会いたい」を心の中で呟いたとき、着信に気がついた。



「ひびきかな…、えっ未登録の番号だ…」


誰だろう、と思いながら「もしもし」と電話を取った。あちらからも「もしもし」と言われる。



【橋本?】
「どなたですか、…あ、え、一哉?」


言ってる途中で気づいた。一哉の声だ。


「あれ、番号かえた?」
【変えてないけど…】
「そか、」



一哉に「もう会わない」と言われたあのときに、電話番号はもちろんすべてを削除した。だから番号が登録されていないのは当たり前で、でも前はわかったはずだ。覚えていたはずだ。




これが一哉の番号だ、って。





【この前はありがとうな、ちょっと話したくて】
「…え?!ごめん、雑音ひどくて聞こえなかった」


ざざ、と後ろの噴水が急に高く上がって、一哉の声が聞こえづらくなった。



【なんか騒がしいな、そっち】
「ごめん、噴水が急にあがって」
【噴水…?もしかして、駅にいる?】
「え、いるけど…」
【今、俺わりと近くにいる!ちょっと待ってて!】
「え?!」


プツッと電話が一方的に切られて驚く。近くにいるって言った?近くにいるから何?来るの?そんなことされても困るんだけど。

電話をかけ直してみても繋がらない。



ここで待つのもあれだし、逃げちゃおうか、と思ったときに、「橋本!!」と大きな声で呼ばれた。周りのひとが振り返る。



「はあ…、はあ…、」
「だ、大丈夫?」
「おう…。いや、あの、話したいことが、あって」
「そんなに慌てなくても…」


困るなあ。困ったなあ。今ひびきが来たら、これどう説明すればいいのだろう。自分でも状況がわかっていないというのに。



「リンと、別れた」
「へ」
「橋本と話して、別れるべきだと思った。だから別れた。何度も何度も間違えて、でも結局、俺たちは自分の本音を言える関係にならなかった」
「…それって、」
「違う、橋本のせいだって言いたいんじゃない。むしろ、おかげだよ。リンのことは好きだった、好きだったけど、リンのことちゃんと見てなかった」


これも橋本に言われたな、文化祭で。と一哉は言った。



「いつもおまえは、周りのことすげえちゃんと見てて、そういうとこ尊敬してた。なのに俺、おまえのこと傷つけてさ、」
「それはいいって、本当に」
「…友達に戻れないかな」
「友だち…」
「むしがいい話だって、自分でも思ってる。けど俺もおまえみたいになりたい。だから、」
「ごめん。それは、ごめん」
「橋本」
「そのつもりはない、ごめんね」



ざ、と噴水の水が高くあがり、そのままつめたく落ちていった。

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