▼ H-dur 23
さて。どーしてこうなったんでしょうか。
「かいちょ?」
「んー?」
「眠れない…」
「俺も」
俺も、じゃないからね!!
「なにもしない、って言ったじゃないですか!」
「何もしてねえじゃん」
「くっつきすぎです!ばか!」
「暑い?おまえも脱げば?」
「そうじゃなくて!」
響会長に「泊まってけ」とくりかえし言われて、思わず「はい」と言ってしまった。
最初は「明日は文化祭最終日だし」とか「歯ブラシ持ってきてないし」とかいろいろ言っていた僕だけれど、
「むしろ文化祭だからいつもより遅くていいだろ」、「歯ブラシくらいおまえの分ある」ってひとつひとつつぶされてしまって。
勝てるわけない。だって、もっと一緒にいたいって気持ちは同じで。
でもさ、すきって言われて、すきって伝えて。そのあとすぐにお泊まりって、どうなんだろう!しかも、ベッドにふたり!そこだけだよ、気になるのは!
「っていうかなんで響会長うえ裸なんですか?!着てくださいよ!」
「いつもこうだし。前もそうだったろ?」
「そういえば…」
目が覚めたら響会長の肌色につつまれて寝ていたっけ。あったかかったなあ。
…ってそうじゃなくて!
くるしいんだもん。
別にすごい体重かけられてるわけじゃないけれど。僕は仰向けで、それを横から抱き込むように響会長が寝ているだけで。
でも、緊張しすぎて、くるしい!
「腕、痛くないんですか?」
「べつに?おまえ軽いし。つか首の下だし。」
「ふーん…なんか慣れてる…」
「バーカ、誰かとこんな風に寝たことねえよ」
頭をなでられて、なんだか恥ずかしくなった僕は響会長のほうに近づく。響会長の肌におでこをそっとつけると、響会長の息が頭にかかってくすぐったい。
「つかさ、聞いてねえんだけど」
「へ?」
「今日来てた元カレ」
「…」
「おい黙んな」
ぐぐぐ、と頭を力いっぱいつかまれて、いててててて!ひどい!僕の頭が割れる!!
元カレって、一哉のことだよね。のむちゃんが響会長にばらしたから、知られちゃった。
でも実際は、元カレでも何でもなかったのだけれど。僕はただの浮気相手で、一哉が心を割いていたのはリン君に対してだけ。
「んー…今度話しますよお」
「ふうん…じゃあ、そんかわり、」
響会長が僕の頭をするりと撫でて、自分の方を向かせた。か、顔、近い…!
「匠」
「な、なに、」
「早く」
つつ、と唇を親指でさわられる。えっ、キスしろってこと??
「な、なにもしないって、」
「してねえって。しろっつってるだけ」
「へりくつ!」
顔が近すぎて、直視できない。僕の顎をつかむ手をじっと見つめた。
「こっち見ろって」
「や、」
「匠?」
「、」
「たーくーみ」
響会長に呼ばれて、僕はそっと目線をあげた。黒い瞳が僕をじっと見ている。
ぺろ、と響会長は自分の下唇をなめた。そして囁き声で、「はやく」と。
「〜!!!!なんなんですか!かっこよすぎてしんじゃうこの近さで響かいちょ見てたらとけちゃうもうだめだ!!!」
顔があつい!絶対耳まで真っ赤っかだよ。そんな顔見られたくなくて、僕は再び響会長の胸に潜り込む。
「くそ、可愛すぎなんだよ」
「?」
「なんでもねえよバーカ」
ぎゅううーっと苦しいくらい抱きしめられて、僕も片手だけ、響会長の背中にまわして抱きしめかえした。
「…ま、いっか。元カレなんて過去のことだし」
「…僕は響会長で頭いっぱいです」
「おまえ…」
「いてててて!なんでまた頭つかむんですか!」
「俺のこと殺す気だろ」
「ええー?!」
「そういや最初会ったとき、こうやって草むらからつまみだしたっけ」
「そうでしたね、入学式のあと」
あそこでもし、猫をかぶっていない響会長と出会わなかったら。
あそこでもし、響会長が草むらにいる僕に気づかなかったら。
こうして話したり、一緒にいたり、できなかったんだろうなあ。
「あの日、ピアノのレッスンがなかったら出会わなかったかもしれないですねえ」
出会えてよかった。おはなしできてよかった。そうおもったのに。
「どうだろうな」
え、そこ否定する?!
「もうちょっと後かもしれねえけど、俺は匠のこと見つけてたと思う」
「へ」
「俺の名前、旧字で書けたのおまえだけだったって」
このまえ上村から聞いた。と響会長。もしかして、入隊テストの話?
「おまえカンニングじゃなかったのかよ…倉敷に釘刺されたんだぞ」
「歩先ぱいに?」
先ぱいにはカンニングってばれてたもんね。お茶会で歩先ぱいにちゅーされたあの日、響会長は歩先ぱいから僕のカンニングのこと聞いたんだっけ。
「"橋本くんって、園田さまに興味なさそうですよね。入隊テストもカンニングだし"」
「ふふふ、そんなこと言ってたんですか、歩先ぱい。さすがに響会長の名前くらいは自分の力で書きましたよっ」
「そういうことははやく言えよ、そしたら俺、」
「突き放さなかったですか?お部屋に呼ばなかったですか?」
「…だからそれは悪かったって」
「もう怒ってないですよー」
くすくすと笑うと、「くすぐってえよ」と響会長も笑った。
「明日ピアノあんの?文化祭だけど」
「ありますよ、ちょっと遅めの時間ですけど」
「後夜祭は?」
「出られます!」
後夜祭のあとにレッスンがある。他の曜日にしてもらうこともできなくはないけど、行事のたびにかえてもらうのはしのびないし。
はやくピアノ弾きたいな。
いまのしあわせな気持ち、音にのせたらどんな曲になるのかな。
「響かいちょ、」
「んー?」
きっと。
「だいすきです」
きれいな音が、"響"くだろう。
H-dur おわり。
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