▼ H-dur 22
「響会長のせいなんかじゃ…」
「いや…後のことはカケルに任せたんだよ。どうしてこんなことになったのかとか、事情をきくのも含めて」
カケルとは、響会長の従兄弟でここの理事長さん。あのあと、響会長が連絡したのだろう。
でも、響会長のおうちと、城崎さんのおうち。関係が 関係だけに、今回のことを公にできるか微妙なところらしい。
響会長は本当に申し訳なさそうにしているけれど、別に響会長が謝るべきことは何もないよ。
「僕いやですよ、城崎さんに、…その…閉じ込められたなんてみんなに知られるの。だから、むしろいいんですよ、それで」
襲われそうになった、とは言いたくなくて、言い淀んだ僕を見て響会長はさらに哀しげな顔をする。
「なんですかその顔!べつに響会長のせいでこんなことになったわけではないです!」
僕がちゃんと対応していれば。たとえば誰かに相談していれば、こんなおおごとにならなかったかもしれない。
「いや、俺のせい。城崎がおまえにあんなことをしたのは、生徒会長である俺の弱みだったから」
「よわみ…?」
「俺がどん底に落ちるとこ見てみたかったって話だ」
「どん底…?」
「大丈夫か?着いてきてる?」
顔の前でひらひらと手を振られる。
たしかに城崎さん、どうしたら響会長が傷つくかってことばかり考えていたみたいだった。
「簡潔に言うと」
「言うと?」
「………俺はおまえのことが、大切だってこと。だからおまえが狙われた」
「!!!」
僕のこと大切だって!
ねえ聞いた?!僕のこと大切だって!!
今までがんばってきた甲斐があったよ!
「つまり、はなまるですか?!」
「はっ?」
「僕、響会長に追いつきたくて、追いつきたくて。今までがんばってきたんです!勉強も、ピアノも、それから、自分に向き合う、ことも」
「ん」
「だから今、響会長に認めてもらって…すっごくすっごくうれしくて…」
「なに泣いてんだよ」
「心の汗ですね!!」
「また言ってんの」
ククク、と笑う響会長。
そういえば僕、響会長のまえで泣くの初めてじゃないね。そのときも"心の汗です"って誤魔化したっけ。
いつもにせものの自分で過ごしているけれど、響会長のまえだと自然とほんものの気持ちが出てきてしまうんだ。
「へへへ。あ、お皿どうすればいいですか?僕洗いましょーか!」
そう提案したけれど、やっぱりまた"駄目"と却下されて、響会長はお皿を台に戻した。そしてインターフォンで連絡を入れると、すぐにウェイターさんが台を取りに来てくれた。
玄関口で台を受け取ったらさささーっと帰ってしまったけれど。
「…ウェイターさんはこの階まで来られるんですね?」
「んー?」
「この階に来られるひと、限られてるってのむちゃんが言ってたから…」
「あー、まぁ仕事だからなぁ。…なに?妬いてんの?」
「はあ?!なにがどうなったらそうなるんですか!」
僕はニヤニヤ笑う響会長を置いて、リビングへとどすどす歩く。その後ろを響会長がついてきた。
「話、途中なんだけど?」
「…」
「匠」
「むー…」
響会長はソファに座って、僕を呼ぶ。ずるいよ、名前で呼ばれたら、行くしかないもん。
僕は響会長の隣に座った。
「僕、そろそろ帰んないとですよ?」
「は?泊まっていかねえの?そのカッコで来たからそのつもりなんだと思ってた」
「スエットならお部屋帰ったらすぐ寝れるなーって思って!」
「ふうん。つかそれ、ちょっとデカくね?」
響会長にスエットの首のとこを引っ張られた。肌色がちらりするからやめてください。
いっちーにもらったスエット、実はちょっとサイズ合ってないんだよね。ほんのちょっとね!いっちー、自分基準で考えてしまったのかお買い物ミスしたらしい。
「これ、市川くんにもらったんですけど、ちょっぴり大きかったみたいです。ま、僕もすぐおっきくなるんで、問題ないですけど!」
「へえ…?これ男にもらったスエットなのか」
「?」
「つーかさ。全然伝わってる気がしねえんだけど、分かってんの?」
響会長が近づいてくるから、僕はおもわず後ろに下がる。逃げんな、と至近距離で見つめられて、心臓の音がうるさい。
近いです、と響会長の胸を押し返したら、その手を取られた。僕の手、きっとあっつい。
「匠」
「は、はい、」
「好きだ」
強い瞳。そこにうつっているのは、僕だけで。
「気付いたらおまえのことばっかり考えてる」
「あ、」
「目、逸らすんじゃねえよ」
「ひび、きかいちょ…」
両手で頬をつつまれて、僕の視界も響会長だけになって。
ばくばく鳴る心臓、でも、それは僕だけじゃなくて。そ、と響会長の胸にふれると、鼓動が伝わってきた。
「響会長、ドキドキしてる…」
「うるせ…おまえもだろ」
そうだけど。
「あ、あれ、でも響会長のすきなひとって、」
「おまえ」
「あ、あれ?雪ちゃんは…?」
「なんでそこで真中?俺はおまえしか見てねえよ」
「へ」
ぎゅ、とだきしめられた。響会長のにおい。どきどきするのに、安心もしてて、心が持たないよ。
「雪ちゃんみたいにがんばってる子がすきだって、」
「がんばってるやつってまさにおまえだろ。つーか気づけよ」
「、」
「好きでもねえやつに携帯渡すか?部屋にいれるか?風呂にいれるか?一緒に寝るか?」
「…ん?待って?」
知らないワードが出てきましたけど?お風呂とは?そんな記憶ないけど!
「初めて部屋来たときおまえ気失ったろ」
「…あー、」
いきなりお部屋でいろいろされたとき!気づいたら僕はベッドでひとりだった。響会長がシャワーを浴びていて、その隙を見て僕はお部屋から逃げた。
「そういえばからだ、きれいだった…」
「俺が隅々まで洗ったからな」
「へ、へんたい!!!」
「で?返事は?」
まぁ、もう知ってるけど。と響会長。なんで知ってんの!!
「今日おまえ教室で叫んでたろ」
「!!!聞いてたんですか!」
「そりゃあな。
本当は昨日、言いたかった。あのピアノ聴いてもうおさえらんねえって思った。けど舞台まで上がったのに上村に邪魔されるし」
「、」
「そのあとだって相当我慢したんだからな、おまえ空き部屋でキスしてくるし」
「!」
昨日のことを思い出して、カッと顔に熱が集まる。昨日はその、変なテンションだったんだよ。なんであんなことしちゃったんだろう、はずかしいはずかしいはずかしい。
「声出るまで待とうと思ってたら、おまえに先越されるとはなぁ…」
響会長は僕を抱き締める力をゆるめて、僕の顔を覗きこむ。
こんな近くに響会長がいる。それだけで奇跡みたいなものなのに、彼は僕のことがすきだと言っている。
「僕も…」
「んー?」
心臓の音がうるさくて、きっとこの音は響会長にまで届いちゃってて、でも伝えたい。
「僕も、響会長のこと、すきです。だいすきです。僕の方が、もっともっと、すきです。」
にせものじゃない、僕のほんとうの気持ち。
気持ちがあふれてきちゃって。きのうピアノにたくさんのせたはずなのに、それでも、まだ足りない。
「は、それはねえよ」
響会長が笑う。片方だけ口角を上げる笑い方が、とてもかわいいと思いました。まる!
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