にせものamabile。 | ナノ

 H-dur 21

特別棟に着くと、エントランスに人がいるのが見えた。インターフォンを操作している。

どうしよう…。僕、見つかったらまずいよね?そう思ったけど、響会長は僕の腕を引っ張ったままどんどん先に進んでいく。



「園田さま!」



僕たちの足音にその人が振り返る。



「ちょうど、お部屋にお持ちしようと思っていたところでした」



着ているお洋服から判断するに、もしかしてウェイターさん?だって、台の上には見覚えのある銀色!これって!


「ハンバーグ!!!」


前はオムライスだったけど、今日のむちゃんに夕飯に食べたいものを聞かれて。


だから今日は!


「さようでございます」



やったーーー!本当にハンバーグが出てくるなんて、とってもしあわせだ!



「んな嬉しい?」
「うれしいです!だってだいすきなんですハンバーグ!しかも、響会長と食べられるなんてっ」
「おまえ…」
「へ?」


パッと腕を離された。響会長はウェイターさんから台ごと引き取ることにしたみたいで、お礼を言ってウェイターさんを帰らせた。


「僕、運んでいいですか?!」
「駄目」
「えっ」
「おまえ危なっかしい」


失礼!!


きい!と怒る僕を置いて、響会長はカラカラとエレベーターに向かって運んでいく。


「おい早くしろ、誰か来たらどーすんだ」
「ふーんだ、別にどーもしませんけどっ」
「へえ、俺も別にいいけど?おまえと一緒だって、全校にアナウンスしてやろうか」


むしろそうしたいくらいだし、と響会長は付け足した。


「な!僕がセーサイ受けてもいいって言うんですか!」
「そんなの受けさせるわけねえだろ」


つか早く来い、と響会長が大変ご立腹なのでエレベーターに飛び乗った。普通のエレベーターより広いとはいえ、密室にふたりきり。

響会長が視界に入らないように、鼻がついちゃうんじゃないかっていうくらいに扉に近づいた。



だって今さらドキドキするんだ。ばか!



「…」
「…」
「…」
「匠」
「…なんですか」
「いつになく静かだな」
「…響会長はいつもよりうるさいです」
「いいことあって落ち着かねんだよ」



響会長も、そうやってそわそわすることあるんだ、意外!また新しい響会長を発見してしまって、うれしさがこみあげる。



「おじゃましまーす…」



最上階のお部屋について、靴を脱ぐ。



「匠、手ぇ洗えよ。あと」
「うがいでしょ!分かってますー!」


行ってきまーすと洗面所に向かい、手洗いうがい。そのあと鏡に映った自分の顔を見たら、やっぱり変な顔をしていた。

普通のときってどんな顔してたっけ。思い出せない。すきになるまえには戻れない。


…もちろん、戻りたくもないけれど。



「俺も洗う」
「わっ」
「くく、驚きすぎ」


じーっと鏡を見てたから、響会長の足音に気づかなくて。いきなり洗面所に入ってきたから、びっくりした。


僕は洗面所をあけるため、横にずれた。



「髪、ちょっと濡れてる」
「へ」
「いいにおいすんなおまえ」
「!」


僕の後ろに立った響会長は、頭のてっぺんにすんすんと顔を近づけて。



「ちょちょちょちょちょ!なななななに!ばか!」
「いって」


思わず響会長に肘入れちゃった。でもそれどころじゃない僕は、リビングに逃げ込んだ。

ハンバーグのお皿はすでにきれいに並べてあって、僕は深呼吸しながら椅子に座った。

ゆっくり息しないと、心臓が止まっちゃいそう。このままじゃ、ちゃんとありがとうの気持ちを伝えられる気がしないよ。




「置いてくなよ」
「だって…」
「おまえ本当かわ…いや、とりあえず食べるか」
「?はい!」



いただきます、と一口。


あーーーー、おいしい!!もう、僕、しあわせだ!


ちらり、響会長のほうを見ると、彼もおいしそうに食べていて、ぱちりと目が合うとふ、と笑われる。

僕はあわてて視線をハンバーグに戻して、ごはんを食べることに集中した。

すっごい視線を感じたけれど、気にしたら負けだ!






最後の一口を食べ終えて、ふーっ、と息をつく。



「ごちそうさまでした!」
「…あの曲」
「へ?」



ぽつり、と呟くように響会長の声。



「昨日弾いたやつ、」
「ワルツですか?」
「ちげえよ、その…俺のために弾いてくれたやつ」
「ああ!"未定"!」
「は?」
「あれの曲名、"未定"です!」


はてなでいっぱいの響会長。ぽかんとした顔も美しい…。やばい、僕テンションおかしい。


「最初から、弾くのは"ワルツ"と"未定"って伝えてましたよ?」
「いやそれは知ってっけど、未定って…まだ決まってねえってことかと思ってた」


そうだよ、まだ決まってなかった。

響会長のお誕生日だから何かしらしたいと思っていて、だけどその気持ちがどこからくるものなのか、何を弾くのか。まだ自分でもよくわかっていなかった。

だから、"未定"。それと。



「まだ決まってないんです、僕たちの未来は。それは無限の可能性があるってことだなって」



響会長は、まえに言っていた。"俺はちっぽけな人間だ"って。でも、そんなのちがうよ。

誰かに認めてほしいと思っている今の頑張りは、ちゃんと未来につながっている。まだ定まっていない、未来へ。


「だから、」
「…ありがとうな」
「へ」
「いや…すげえ、嬉しかった。上村の言う通り、会場で聴いてよかった」
「あ、え、」


まっすぐ僕を見る響会長。黒い瞳。吸い込まれちゃいそう。



「匠」
「は、はい、」
「巻き込んで悪かった」
「へ」


なんで僕、謝られているんだっけ。謝られるようなこと、あったっけ。



「城崎のことでおまえ巻き込んだの、謝りたくて」


その悲しい表情も、初めて見た顔で。

だけど全然、うれしくないよ。


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