にせものamabile。 | ナノ

 H-dur 19

「棗さん」
「なに…?」


棗さん、やっと返事をしてくれた。その声は少し震えている。



「あの…僕、いま付き合ってるひと、いませんよお」
「…」
「棗さん、棗さんが知ってるそれはぁ、たぶん事実じゃないんです」


城崎さんと付き合ってないし、棗さんが言った「城崎さんが可哀想」は、間違ってる。

城崎さんは僕のことなんてすきじゃなくて。

僕も城崎さんのことすきじゃなくて。




「すみれさん、棗さん借りますねえ」
「あ、ああ」



状況が読み込めないままのすみれさんを置いて、僕は棗さんと廊下のはじまで歩いていき、階段の近くで立ち止まる。



「言わないで…」
「なにを、ですか?」
「…」
「棗さん…?」
「僕が、閉じ込めたこと…」
「…そしたらその前に言わなくちゃいけないことあるとおもうんです」
「…」


「でも…」と、うじうじする棗さん。棗さん、悪いことしちゃったらごめんねがスジだよ!


「…」


…いつもリーダー会議を引っ張っていくしゃきっとした棗さんはどこにいったの?



「さっきも言いましたけどー…、棗さんの勘違いです。僕は城崎さんと付き合ってないです、閉じ込められる理由もなくて」
「でも、城崎さんがそう言ってたよ…?城崎さんのこと傷つけながら色んなひとにいい顔するなんてって思って…」
「…もし付き合ってたとして、でもそれって、棗さんが僕を閉じ込めていい理由になりますかあ?」
「…ならない、ね…」


そうだよ。もし城崎さんと僕が付き合っていることが事実だとしても、それが棗さんに関係あるだろうか。


「…棗さん、男の嫉妬は醜いですよお!」
「しっと?」
「何度も言いますが、僕のすきなひとはすみれさんじゃありません。ライバル視するのやめてください」
「えっ、なんでそのこと知って…」


なんで分かるかって…バレバレでしょ、棗さんがすみれさんのことすきなことなんて。すみれさんに告白してるとこ見ちゃったっていうのもあるけど、そうじゃなくたって気づいてもいいくらいだと思うよ。



棗さんはすみれさんがすき。それは知ってる。だけど。



「棗さん。すきって気持ちは、免罪符に使っちゃダメですよお」
「…」
「すきだから全部許される訳じゃないです」
「…そう、だよね…ごめんなさい」
「何が、ですかあ?」
「閉じ込めたこと、…あと勝手に敵視してたこと」



敵視!敵視してたのか!そんな気はちょっぴりしていたけれど、改めて本人の口から聞くと衝撃だ。

でも、ちゃんと謝ってくれたから、いいや。



「いっこ言っていいですか」
「なに?」
「僕、会長がすきです。だいすきです」
「え、」
「親衛隊にいるんだから当たり前だとは思いますけどお、言いたいから言います。僕は会長以外に興味ないです」



もう、声が出たら言いたくて言いたくて仕方なくなっちゃった。僕がすきなのは他でもない、響会長で。みんなに言いふらしちゃいたいくらいだ。


「そっか…」
「はい!」
「…橋本くんって、なんか、男前だよね…かっこいいね…」
「へ!」
「なかなか言えないよ、そんなにはっきり」


男前?!初めて言われた!初めて!うれしい!!のむちゃんに報告しないと!


「くまのカッコなのがもったいないね」
「なーつーめーさーんー!!!一言多い!!」
「ごめんごめん」


僕、けっこういいこと言ったよ!でもたしかに、くまさんの着ぐるみパジャマじゃかっこつかないよ!


「みんな、すごかったって言ってた」
「?」
「橋本くんのピアノ」
「ありがとうございますー」
「僕もステージ行けばよかったな…」
「そうですよお、もったいないことしましたねえ!」
「ね」


優しいことなんて言ってあげないよ。




ヴーヴー


わお!電話だ!しかも、響かいちょから!



「出ていーよ」
「へ」
「僕、そろそろ行くから」
「えっ、でも、」


すみれさんがいるの、そっちじゃないよ?


「隊長と会ったのはたまたまなの。ちゃんと自分のこと見つめ直して、もっかい告白する」


だから、それまでは。棗さんはそう言って、階段をのぼっていった。



正直、棗さんにはちょっと腹たってたけど!みんなから人気のあるひとをすきになるって大変なこともきっとあって、勇気が必要で。

ちゃんと話したら、ちゃんと分かってくれる。そこに僕は安心もしていた。



って電話!取らないと。


「も、もしもし?」
【おそい】
「すすすみませ」
【おまえ、今日の夜特別棟集合な】
「へ、むむむむむり!」
【拒否権は、なし。】



ええええええええ。どんな顔して会えばいいっていうの!きょう変なとこ見られちゃったし!

昨日もいろいろとやらかしたわけだし!…でも、響会長、とてもふつうだ。

リン君に叫びちらした内容までは、聞かれてなかったみたい。



【…クマ、可愛かった。じゃあな】
「!」



言い逃げみたいに電話を切られて、かあぁあああっ…と顔が赤くなったのが鏡を見なくてもわかった。


か、かかかかかわいいとか!言われた!!


「橋本?」
「あ、す、すみれさんっ」
「遅いから来てみたけど…あいつは?」
「あっ、な、棗さんはもう行っちゃいましたっ」
「そーか。つかおまえなんか変だぞ?大丈夫か?」


ですよね!自分でも分かってるよ。でもコントロールできないんだもん。どうしようもなくて。


「あっ、すみれさん、今日の夜あいてますかあ?」
「は?なんで?」
「いや、なんとなくですよお」
「な、ん、で?」
「や、それは、その…響会長が…」
「へえ?」


すみれさんは楽しそうな顔でにやりと笑った。


「残念ながらひまじゃねえなあ」
「えーっ!」
「俺はいそがしんだよ、おまえが誘われたんだろ?俺が着いてってどうすんだ」
「でもーっ、気まずい…!」
「へえ?気まずいって、おまえたちなんかあったん?」
「!」


すみれさん、いじわる!


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