にせものamabile。 | ナノ

 H-dur 15

プルルルルルルル…


響会長の胸ポケットから音がして、何度も角度をかえて唇を合わせていた僕たちの動きはぴたりと止まる。

と同時に目を開けると、響会長と至近距離で目が合った。


「〜〜〜!!!」


待って!僕、何した?!自分からきききききききすした?!どさくさに紛れて何してるの?!



あわてて響会長と距離をとって、チラッと様子をうかがう。


……耳を赤くするなーーー!


お願いだから、いつもみたいに余裕な顔しててよ。どうしよう恥ずかしい。穴があったら入りたいって、こういうことを言うのか。理解。


僕が半分涙目になっていると、響会長は何をどう解釈したのか「悪い、おまえこわい思いしたばっかなのに」と掠れた声で言った。


響会長は立ち上がり、僕から距離を取って電話に出る。お仕事の話っぽいな。生徒会のひとからの電話みたいだ。


響会長が電話で話している間に、平常心に戻らないと。顔があつい。

そうだよ僕、ピンチ救ってもらって、安心して。でも安心しすぎじゃない?何事もなかったかのように響会長にくっついて。


あーーーーー。


「…匠、俺戻らないと」


気づくと響会長の電話は終わっていた。響会長は僕のほうに歩いてくる。

そうだ、きっとこの時間もお仕事あったよね。生徒会長だもん。申し訳ないことをしてしまった。


「んな顔すんな。元々この時間は城崎の親父さんと校内まわってる予定だったから特にやること入れてなかった。心配しなくていい」



そうだ、城崎さんのお父さん…。せっかく挨拶の機会くれたというのに。


「挨拶は出来たし、カケルが"学生の本分は行事に打ち込むことだ"っつってフォロー入れといてくれたらしい。おまえの発表のあと親父さんに謝りに行ったら"青春だなあ"ってニヤニヤ笑ってた」


響会長は僕の心配をお見通しで、ひとつひとつ解消してくれて。


城崎さんのお父さんたちも、響会長のあとを追って会場に来て、途中からだけどHappy Birthdayを聴いてくれていたらしい。

ってかニヤニヤって…城崎さんのお父さんってそんなキャラなのか、なんかいい人そうだな。


「野村に下まで来てもらうか、おまえ一人にするわけにもいかねえし」
「…」
「んー?何」


さすがに口パクでは伝わんないから、携帯を開く。


【ちゃんと声、出るようになったら、会ってほしい、です】


おそるおそる、響会長に画面を見せる。ほんとは"話したいことがあるから会ってほしい"なんだけど…ありがとうの気持ち伝えたいから会いたいんだけど…ちょっと曖昧にしちゃった。


「"声出るようになったら"?出なくても部屋来いよ」


リハビリしようぜ、と響会長はぐしゃぐしゃと僕の頭をかきまぜた。


「…しばらく、その…様子見ような」
「…」


言葉を選んでくれる響会長。このまま声がでなかったらお医者さんに見せようということなのだとおもう。でも、"出なかったら"という仮定で僕を不安にさせないように。


こくり、と僕が頷くと響会長は少し安心した顔をして、のむちゃんに連絡をしてくれて。


響会長と僕はのむちゃんがこの棟につくまでしばらくおむかい同士の椅子に座っていた。

別に何を話すわけでもなかったけれど、たまに合う視線、今まで自分がどんな顔で響会長のことを見ていたのかもう思い出せなくて、でも目をそらすことができずにたぶん僕は変な顔で響会長を見ていた。


そして響会長もなんだか変な顔だった。

僕はこのひとのことがやっぱりすきだなあ、なんてしみじみと思って、声が戻ったらすきだと半分勢いで伝えてしまいそうだ。


人魚姫だったらこのあと泡になる運命だけれど、僕はいったい、何になるのかな。僕の気持ちは、魂は、どこに向かうのだろう。





「匠ちゃん匠ちゃん匠ちゃーーーーん!」
「!」



響会長と一階に降りると、オートロックのドアの前でのむちゃんといっちーが待っていてくれた。

駆け寄るとのむちゃんに抱きつかれて、く、くるしい…。さらにいっちーが、のむちゃんごと僕を抱きしめる。


「橋本、無事でよかった…」
「いっちー、匠ちゃんのことが心配しすぎてキャラ崩壊してんのよさっきから!!かわいいね!!」


いや、ピアノの発表のときあのデコデコうちわを持ってきたあたり、キャラ崩壊は今に始まったことじゃない気がするけれど…。


「……おい」
「あ、園田会長忘れてた!!うわ!すっごい睨んでる!!こわ!!でも萌え!!攻めの嫉妬萌えー!!」


響会長の一声でふたりは僕から離れたけれど、のむちゃんは響会長の反応を楽しむように僕の手を離さない。


「僕たち親友だもんねー?匠ちゃん!!」
「…」
「なにその頷きかた!!かわいいよ!!風船買ってあげるからはやくまわろ!!」


いえーい!とおおはしゃぎののむちゃん。もしかして、僕を元気付けようとしてくれてるのかな。

僕が一哉といろいろあったときも、マシンガントークで笑わせてくれたっけ。


「おい野村」
「はい!野村は僕です何ですか園田会長!!」
「…おまえのおかげで匠が無事だった。ありがとうな」
「"匠"…?名前呼び?待って僕ついていけないやばい鼻血出そう頭いたい頭くらくらするしにそう…」
「野村…?」
「あ、園田会長、こいつ暴走し始めると手に負えないんで、もう連れて行きますね。俺、市川守って言います。橋本とは中学のとき同じクラスでした」
「あ、あぁ…おまえはまともそうだな、安心したわ…」
「俺も安心しました、園田会長いい人そうで」


俺、ちょっと反対だったんですよ橋本が園田会長と仲良いの。いっちーはそう付け足した。

すごいよいっちー、生徒会長にずばっとはっきり言えちゃうひとなかなかいないよ…。


「話してみたら普通の人だし。そんなキャラだったんですね」
「そうなんだよいっちー!!匠ちゃんから最初"会長は猫かぶってる!"って聞いたときは僕も驚いたけどね!!匠ちゃん、"あの笑顔胡散臭い"とか王道みたいなこと言っててさ!!」
「おい匠…?」


ひい!のむちゃん口をすべらしすぎだよ!響会長の眉毛がひくひくなってる!怒っていらっしゃる!


「その話は今度ゆーっくり聞かせてもらうとして。人が来るとめんどくせえから俺は裏口から出るわ。野村、市川、匠のこと頼む」


らじゃ!と敬礼したのむちゃんをさらりと無視して響会長を足早に裏口の方へ踵をかえし。


その後ろ姿を目に焼き付けながら、はやく声が戻るといいなあ、なんて思いましたとさ。

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