▼ H-dur 14
部屋を出ると、見たことのないフロアだった。きょろきょろする僕に気づいたのか、響会長が「さっきのは城崎の部屋」と説明してくれた。
ちょうVIP待遇で、普通の寮とは違う棟にあるらしい。生徒会や風紀がいる特別棟とはまた別のところ。
そのフロアの一室に、ピ、と響会長はカードキーをかざして中に入った。誰の部屋だろう。
「はー…」
扉を背にして、ずるずると響会長は座り込んだ。響会長の上からどこうと思ったら、逆に強く抱き込まれる。
さっきは気づかなかったけれど、響会長、震えてる。
「おまえ…俺に送ってこいよ、"助けて"メールはよ」
何のために携帯渡したと思ってんだ、と響会長。そうだ、僕がメールを送ったのはのむちゃんで、どうして響会長が来てくれたんだろう。
響会長の顔を見るために少し離れようとしたら、「見んな」って怒られた。いまぜってぇ情けない顔してる。と響会長。
でも今、僕声出ないから…顔見ないと、ありがとうって伝えられないよ。
「あー…そういや"無事だ"って連絡しねえとな」
響会長は携帯を取り出して、電話をかけ始めた。
「もしもし、園田。野村か?……ああ、とりあえず、無事。いま一緒にいる。かわるか?」
近くにいるから、相手の声も聞こえる。電話の相手はのむちゃんだ。ほら、と携帯を渡された。
【もしもし!!匠ちゃん!!無事?!?!】
「…!」
【よかったーよかったー!!メールもらってさ、城崎文と文化祭まわるなんておかしいなっておもったらさ!!たて読み!"助けて"って!びっくりしたよ!!】
のむちゃん、興奮してるのか一人でしゃべってる…。でも、のむちゃんの声を聞いたら、安心した。
のむちゃんに送ったメール、
たくさんメールさせてごめん、
すぐ返さなくてごめん、
結局まわれなくなった!
てか、城崎さんとまわる!
縦から読んでくれれば、"たすけて"。のむちゃんならきっと分かってくれると思ったんだ。
【園田会長、わざわざステージまで上がったじゃない?!これは!!匠ちゃんとなんかしらあるかと!!思ってたのに!!城崎文とまわるとか意味不明と思って!!】
やはりなにかが起こっている、とのむちゃんは、 響会長にメールで事情を説明したらしい。
そういえばのむちゃんは情報屋さんで、響会長から情報を求めるメールを受け取ったことがあった。だからアドレス、知ってたんだ。
自分の番号と、そして情報屋さんだって正体まで明かして、助けを求めてくれたみたい。
【匠ちゃん?】
「…」
ありがとって、伝えなきゃいけないのに、口をパクパクさせるだけで声がでない。それに気づいた響会長が、僕から電話を取り上げた。
「悪い、ちょっとうまくしゃべれねえらしくて。たぶん"ありがとう"って言おうとしてる。また落ち着いたら連絡させるから、ちょっと待っててくれ」
響会長はのむちゃんにお礼をいって、電話を切った。響会長、素が出てた。のむちゃんも、情報屋だって自分でばらして。二人とも、それだけ必死に探しててくれたのかなって思ったら、僕はなんていい人に恵まれて生きてるんだろうって、強く感じて。
「…声、どうした。でねえの?」
「、」
「そうか…こわかったろ。ここ空き部屋だからなんもねえけど、とりあえず中入るか」
動くと言うので今度こそ響会長の上からどこうと腰を上げたら、またつかまえられた。
「離れんな」
「…」
「あぁ、靴か。けどそのまま脱げんだろ」
「…」
「なに笑ってんだよ」
響会長が過保護だ。でも心配かけたのは事実だから、僕は背中を響会長にくっつけたまま靴を脱いだ。
立ち上がるときに響会長の手首をつかむと、響会長も一緒に立ち上がる。靴を脱いだ響会長と、部屋の奥に進んだ。
何もないとは言っていたけど、ちゃんと一式揃ってる。広い部屋!びっぷだとこんな部屋がもらえるのかあ。
っていうか僕!シャツ羽織っただけのままじゃないか!急いでボタンをしめて、探索開始。
「おまえ、なにうきうきしてんだよ」
もうちょっとであぶねえとこだったんだからな、と呆れ顔の響会長。でも庶民の僕からしたら、こんな部屋見ることあんまりないからね!テンション上がるよ!
まぁ、響会長のお部屋の方が広いと思うけどね!
キッチンで、空っぽの棚を開けてみたり、コンロの数をチェックしたり。観察してたら視線を感じた。
リビングのテーブル、椅子に腰かける響会長がこっちを見ている。
「親衛隊、こっち来い」
「…」
「おい、親衛隊?どうしたその顔」
助けに来てくれたとき、響会長僕の名前呼んでくれてなかったっけ。あれ?聞き間違い?いまの僕たぶん、絶賛眉毛下がり中だよ。
「……み。」
「!」
「匠、こっち来い」
響会長は少しの沈黙のあと、呼び直してくれた。
それを聞いて、自分でも頬がゆるんでしまったのがわかった。僕は急いで引き出しを閉めて、響会長のもとへ走る。
響会長、ちょっと顔、あかい?
「にやにやしてんじゃねえよ」
でこぴんで攻撃されたけど、それもへっちゃらなくらいにやにやです。だってずっと、親衛隊って呼ばれてたけど。僕を僕と認識してくれたみたいでうれしい。
「いきなり呼び方変えたらキモいだろって思って」
「…」
「GPSの携帯渡してるだけでも十分キモいか」
えっ、あの携帯、GPSついてるの?!あぁ、だから僕が城崎さんの部屋の棟にいるって分かったのか。
思い返してみると、レッスンの帰り道響会長が僕のことを待ってていてくれたとき。
どうして僕がここを通るって分かったんですか?って聞いたら言ってたな、「調べた」って。
勝手に何やってんの!って思ったけれど、すきになったら負けってこういうことを言うのかな、まぁいっか、ってなってしまう。
事実、この携帯のおかげで僕は助かったわけで。
ありがとうございました、
口パクでそう伝えると、響会長は黙って頷いた。
「つーか怪我とかねえの?暴力ふるわれたりしてねえ?」
そういえばお腹蹴られましたけど…わりと思いっきり。シャツをめくってお腹を確認。別になんもなってないな、と思ってたらシャツをもとに戻された。
「殴られたのか?は?蹴られた?痛むか?」
「…」
「痛くねえならよかったけど…なんかおかしかったら言えよ。つーか、すぐ露出すんな」
えー…響会長もまえに僕のシャツめくってお腹確認したことなかったっけ?響会長のいかりポイントがよくわかりません。
「あとは?なんか変なことされてねえ?」
椅子に座る響会長の正面に立たされて、くるくる、とチェックされる。腕も縛られてたのか、と言われてうっすら痕が残ってるのに気づいた。
身ぶり手振りで響会長と会話。ジェスチャーゲームみたいだね。
「あとは?」
「…」
「なに?唇?」
「…」
「キスされた?…あんの野郎…殺す…」
「…」
「俺が消毒してやろうか?…ってこの台詞も十分キモいな。親父かっつの」
「…」
「は?消毒?すんの?」
響会長、早口。
消毒、できるものならしたい。唇交換したい。いや、口のなかも、全部。
すすす、と響会長に近づいた。
「!」
ちゅ、と自分から響会長の唇に自分の唇をくっつける。響会長は目を見開いた。
響会長だって、勝手にちゅーしたじゃん。こんなときくらい僕からしたって許されるんじゃないかなあ、なんて思い込んでみたりした。
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