▼ H-dur 12
…
…
…
「…」
ぼんやりとした頭を持てあましながら、僕はいまの状況について必死に考える。
ここはどこ?いま何時?響会長は?…そうだ、教室から、出ていっちゃったんだ。話したかったのに、伝えたかったのに。
じゃあ、城崎さんは、どこにいる?
ひとつも分からない。手は後ろに固定されているのかうまく動かないし、目は何かで覆われていて真っ暗。
けれど地面はふかふかで、横向きに倒れているものの、地面に触れている右の頬に痛みはない。
ただ、お腹はずきずきするけれど。
ガタ
物音に反応して顔を上げた。けれど正確な場所が分かるわけではないから、神経を集中させて音の出所を追う。
「タクミ、起きたの?」
「…」
ずしり、と僕の近くの地面が沈んで、上から城崎さんの声が降ってきた。
「ごめんね、お腹、痛む?」
「…」
全然悪いと思っていなさそうな声の城崎さん。何も見えないけれど、顔を見なくても笑っているのがわかった。
「っ、」
左耳に強い痛みが走る。爪を強くたてて、引っ張られているみたいな。熱を持ってじくじくと痛む左耳。
「なに?無視?お腹大丈夫かって聞いてんの」
「…」
「そ。大丈夫ならよかった」
こくこくと首を縦に振ると、満足したのか城崎さんは僕の耳から手を離した。
ほんとうは。
大丈夫、って。言おうとした。言おうとしたけど。
声が、出ない。
「俺さあ、色々考えてて」
「…?」
「園田によりダメージを与える方法」
「、」
意味わかんない。これ以上、響会長に対して何かをするのはやめてほしい。どうしたら満足するの。
「そんでさ。みーちゃったぁ、タクミの携帯」
「!」
「ずいぶんと過激なコトしてんね。相手、園田?」
過激なコト、と言われて思い当たることはひとつだけ。響会長が誤解して、僕のことをお部屋に呼んだときの写真で。
城崎さんが見たのって、響会長に借りてるほうの携帯…?
でも、ちゃんとデータフォルダの写真は消したはず。響会長から僕自身の携帯にも画像が添付されてきたけれど、そのメールだってちゃんと削除した。
それなのに、なんで…。
ー とっくに転送済みだっての。
そうだ、送信メール…。
つつ、と冷や汗が落ちる。
「タークミ」
「っ、」
「無視しないでって。あれって、園田?」
ふるふると首を横に振った。ちがう。ちがうよ。響会長じゃない。
「嘘、へただね。顔真っ青だよ、タクミ」
「…」
「園田とは付き合ってないんじゃなかった?まさかこんなことまでしてるとはね〜」
またまた嬉しい誤算、と城崎さんの笑う声。どんな顔で笑っているのかな。どうだって、いいけれど。
「おんなじことしてみる?タクミ」
「、」
「むしろもっとすごいコトしちゃう?」
「…」
城崎さんが僕の額に触れた。ぞわぞわと鳥肌が立つ。
「露骨にいやな顔するね、目が隠れててもよーく分かるよ。先にはずす?それとも先に脱ぐ?どっちがいい?」
「…」
どっちも嫌だ。
シャツに手をかける城崎さんに抵抗するようにして僕は脚をばたつかせた。それを見通していたかのように、片手で足首を押さえつけられる。
「泣いてるの?可哀想。恨むなら園田を恨みなね」
違う。
全部、城崎さんが勝手にやっていることで。城崎さんが勝手に、響会長にたいして異常なくらいこだわっていて、勝手に僕をターゲットにしただけのこと。
そうだよ、僕に危害をくわえても、響会長がどうなるわけでもないよ。
僕みたいなちっぽけな人間が、響会長に与える影響なんて、皆無。
ぷつり、ぷつり、とシャツのボタンが外される。
…まあ、いっか。
よく考えてみれば、僕は僕のことをすきなひととこういうこと、したことないし。
一哉だって、最初から最後まで僕のこと浮気相手としか見ていなかったし、
歩先ぱいは…、お風呂であんなことされたときはまだ会って2回目で、「いじわるしたかった」って言ってたし。そのあと、僕のこと、ほんとにすきになってくれたわけだけれど。
そして響会長は、僕が嘘ついたからという理由で。
愛のない行為の相手が、3人から4人になったところで何も変わらない。
それより、僕がじたばたして城崎さんを喜ばせるのもしゃくな話だ。
「…」
「あれ、抵抗しないんだ?」
思った以上に好き者だね、君。と挑発するように言いながら、城崎さんは僕のシャツのボタンをすべてはずしてはだけさせる。
カチャリ、と今度はベルトに手をかけた。
「あのさ、さっきから言おうと思ってたんだけど。」
「…」
「声、出ないんでしょう」
「!」
「あは、図星?そんなにこわかった?ごめんねえ。それじゃあ助けも呼べない、たいへんだ」
城崎さんは僕のズボンを脱がした。
声が出たところで、なにがどう変わるっていうんだろう。なんにも変わらないよ。
ヴヴー
「タクミ、何台携帯持ってんの?出して。って出せないか」
手ふさがってるもんね〜、と笑う。もうひとつの携帯は、ズボンのポケットに入っていたはず。さっき脱がされたズボンを探っているのであろう音がする。
「"野村豊"からメール。ロック解除してよ」
目隠しがはずされた。突然世界が明るくなって、目が痛い。手の拘束がとかれるかわりに、今度は足を縛られた。だからべつに、逃げないってば。
「はやく」という声に、ひとつ、ひとつ。ボタンを押すとロックが開いた。
のむちゃんからのメールだ。そうだ、ピアノの発表が終わったらのむちゃんといっちーとまわろって約束してたのに。話したいこともあったのに。
…そうだよ。
ここで城崎さんの言う通りのことをして、のむちゃんやいっちーは、どう思うかな。こんなやけくそな気持ちでこんなことして…そんなの言えない。だってきっと、のむちゃんたちは悲しむ。
友だちに言えないことなんて、するべきじゃないんだ。
「俺と文化祭楽しむことになったって返信しておいてよ」
こくり、うなずいて僕は
【たくさんメールさせてごめん、
すぐ返さなくてごめん、
結局まわれなくなった!
てか、城崎さんとまわる!】
のむちゃんどうか、気づいて。
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