▼ A-dur 20
…
「ん…」
ぼーっとする頭が少しずつ覚醒して、目に入るのは異常に高い天井、ふわふわのタオルケットに包まれた僕はなぜだか裸、大きな部屋にひとり。
(えっと僕…)
そうだ、僕は園田さまに呼び出されて、それで…。
ひどいことされて、写真撮られて、それで。
ぐるりと寝室を見回しても、本当にここは人が生活しているのかなあと思えるくらいには何もない。
(この感じ、でじゃぶ…)
前にすきだったひとと、距離がマイナスになるくらいくっついて、しあわせだーって思って、
でも終わったあとは、ひとりだった。
あの過去からは逃げたはず。そのあとちゃんとセイサンしたはず。終わったはず。それなのに、どうして僕はまだ一人なんだろう。
タオルケットにくるまったままベッドから降りて、僕の服を探してみても、見当たらない。
カチャリ
静かにドアを開けてみたのだけれど、やっぱり小さい音が鳴ってしまう。
ー あった。
寝室から出ると、僕の制服たちがソファの上に置いてあるのが目に入った。
きれいにたたまれているそれを手にとって、急いで身につける。靴はどこだろう?玄関?
廊下を進むと、シャワーの音が聞こえてぎくりとしたけれど、逆にこっちの音が聞こえないのはいいことなのかも。
はやく逃げないと。
ー あ、写真。
携帯で撮ってたよね?多分シャワーを浴びているのは園田さまだから、携帯は手元から離れているはず。
あんな写真、消してもらわないと困る。誰にも見られたくない。
ばら撒かれるなんてまっぴら。脅されるのももっもイヤ。
音を立てないようにドアを少しだけ開けると、そこは広い脱衣所だった。
本当に毎日使っているの?と思うくらいにどこもかしこもピカピカで、白を基調としたその空間は逆に落ち着かなさを覚える。
浴室はすりガラスのようで、そのまま脱衣所に入ったら影で分かってしまうかもしれない。
浴室のドア近くには、見るからにふかふかな真っ白いタオルがきれいに並べいれられている棚があって、その中にこれまた真っ白いバスケットが目に入った。
園田さまが脱いだ制服が入っているようで、そこに携帯があるかまではわからないけれど、一番確率が高いのはここだろうと思う。
少しだけしか開けていなかったドアを、ゆっくりと開けてするりと脱衣所に入った。
すぐにしゃがみこんで、できるだけ影が見つかりづらくなるように小さくなって進む。
シャー…
シャワーの音が続いているけれど、浴び終わるのも時間の問題。早くしないと。
ー うっ、届かない…
棚の前について、しゃがんだまま手を伸ばしたはいいけれど、バスケットをあさるまでは手の長さが足りないみたい。
ー あとちょっと…
ぷるぷると伸ばした手が震えて、しゃがんだ身体をほんの少しずつ移動させる。
ー あっ、届いた!
ピッ
シャワーの音が止んだ。
カチャリ、ドアの取っ手をひねる音がする。
見つかってもいい!
僕は急いで立って、バスケットの中を覗くとお目当ての携帯発見。
それを手にとって、駆け出した。
玄関には僕の靴と鞄が置いてあって、あぁそういえば部屋に連れてこられるときに鞄を落としたような気もする…だなんて今更なことを思いながら急いで回収。
振り返っても園田さまが追ってくる様子はなかったけれど、僕は急いで靴をひっかけて、部屋を出た。
僕のカードキーは1階を押せない。そう言っていたけれど、それなら階段を降りるまで。
最上階から1階までの道のりを考えたら頭がクラクラしそうだったけれど、ここから逃げるためには仕方ない。
僕は階段室のドアを開け、駆け下りた。
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